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10/26

10.提示された先に、何があるのかはわからず


「待て、貴族じゃないぞ、こいつら」

投げ網の中で動けないままでいれば、彼女たちを捕まえた兵士が呟いた。

兵士の身なりは少し上等で、ジェムの身なりよりも上等だ。

つまりそれは、なかなかの階級に位置することを示している。

「男の方はやせ細って弱っている。女の方はどう見ても使用人だ」

「どういう事だ? ここは王族に近い人間しか知らない、抜け道のはずだろう」

人々が話し合う中、ジェムは隣をちらりと確認した。

弱っている、と言われたレパードの体調が気になったのだ。

元々ふらふらとしていて、彼女からすれば早く眠れる場所に行ってほしいのだが。

しかしレパードは、もう興味が薄れたのか、欠伸をしながら座り込んでいる。

その余裕に見える態度も、よく考えれば、疲れ果てていて動けないからかもしれない。

貴族じゃないので解放してください、とジェムは言おうと決めて口を開いた。

その時だった。

「お前たちは一体何なんだ?」

兵士の一人が、誰かを呼びに行っていたらしい。

いかにも上位階級の風体の男が現れ、見下したように言ってきたのだ。

その男は強そうな体つきをしていて、逆らえばただでは済まなさそうな雰囲気を漂わせている。

「何なのだ、と言われても。ただの平民の使用人です」

「おれは氷の地下牢にぶちこまれてただけの人間」

ジェムが何とか、色々誤魔化そうと説明した言葉の後に、それを台無しにするレパードの言葉が続いた。

氷の地下牢に入れられていた、と聞けば普通に、怪しまれるとわからないのか、この兄貴分は。

その素直さに、ジェムは頭を抱えかける。

そして確かに、レパードの言葉は相手方をどよめかせたのだ。

「何だって? 氷の地下牢に? そこは普通、二日で凍り付いて死んでしまう、極刑の牢獄じゃないか!」

立派な身なりの男が、驚いた声で言う。

驚いた後に、いかにも怪しい人間を見る目付きで、レパードを見つめてくる。

彼の正体を図ろうとしているのだ。

「昨日入れられたのか?」

「んにゃ、だいぶ前だぜ、なあジェム、おれとわかれたの何日前だっけ」

「二か月前ですよ……」

この能天気さに、突っ込んだり隠したりする気力をなくしたジェムは、ため息交じりに答える。

彼女の言葉を聞いたレパードが、指を折って確認し始めた。

「って事は、それから三日くらいであそこにぶちこまれたから……おー、大体二カ月前くらいからあそこにいたってわけだな」

「はあっ?! お前は古より伝わる、魔人に連なるものなのか!?」

「マジンってなんだよ。おれそんなじゃねえし。……だいたい、いくら氷の世界でも、体を温める手段があれば生き延びられるだろ?」

「そんな物が存在するわけがない!」

「炎の門を開ければ、出来るだろー?」

それを言っちゃだめだ、とジェムが制止する間もなく、レパードが言い出す。

男が鼻で笑った。

「嘘を言うのも大概にしろ、火の門を開く門士が、なぜ氷の地下牢に入れられる? 私の情報によれば、この氷の国は火の門士を持たない」

「そりゃそうだろ、言う事聞かないんだから」

ぼう、とレパードの言葉に呼応したように、彼の足元に火が燃え始める。

「……!」

その唐突な燃えだし方に、誰もが息をのむのが分かった。ジェムはスカートのすそが燃えないように引き寄せて、彼に言う。

「ここでいってどうするんですか」

「どっちにしたって、あそこからきたってだけで怪しまれんだろ、だったらおれはこう言う素性だって言った方が、ジェムに被害が出ねえ」

「あなたが大変でしょうに」

「あの地下牢の後だから、ぶっちゃけどこもそこまで苦しくねえと思うぜ」

「やめてくださいよ! あなたが苦しい思いをするつもりなら……」

「なら?」

「泣きますよ、あなたの前でもあなたのいない場所でも」

睨み付けたジェムの究極の言葉に、レパードが赤い目を見開く。

「え、わ、それは困る」

「だったら自分の身も守ってください」

「……おう」

この時ばかりは、自分の事を優先する人で良かった、とジェムですら思った。

しかし。

燃え上がる炎を見せられていた男たちは、そう穏やかではいられなかった。

「これだけ簡単に、何の手順も使わずに火の門を開くだと……?」

「信じられない、一体どこの子息だ。火の門は、血筋で開ける確率が変わってくるんだぞ」

男の一人が、レパードを見ながら問いかけてきた。

「お前は、何処かの高名な門士の家系に連なるものか?」

「違うな、気付いたら独りぼっちでのっぱらを歩いてた。覚えてる最初はそれで、それからジェムと二人ぼっちになって、孤児院で生きてきたぜ?」

その言葉で、男はますます彼の事が分からなくなっていったらしい。

しかし。

だんだんと頭が揺らぎ始めたれ隣に気付いたジェムは、レパードを引き寄せて支え、男を見つめてこう言った。

「わたしたちが、貴族ではないのは分かってくださったはずです、解放してください。彼はとても疲れているんです、体の血まで凍るような場所に閉じ込められていて……だから」

彼女は、恐ろしいまでに透き通る青い目を向けて、言った。

「彼を休ませるつもりがないのでしたら、解放してください」

男は数秒黙った後、こう言った。

「解放する事は出来ない、これだけ簡単に日の門を開く人間を、放っておくことは多大な損失だからだ。なぜ氷の国がこの男を閉じ込めたのかはわからないが……彼を解放はできない」

「……っ」

確かに、そうだとは思う。

だったら休ませてほしい、と切実に思えば。

彼女の表情から何かを読み取ったのだろう、男が言う。

「彼を、私たちが保護しよう。もちろん休ませる」

「……おい」

彼を、というあたりでレパードが、低い声を上げた。

ジェムと男が会話している間、伏せられていた赤い瞳が、轟と燃えるような色を放つ。

「おれとジェムを離そうっていうなら、おれはここで、あんたらを全部丸焦げにするぜ」

「なに?」

「おれをつれてくなら、ジェムも連れてけ。おれはもう、守れない場所にジェムを置いておくのはごめんだ。二度とやらねえ。あんたらがそのつもりなら、あんたらがどんな人間でも、おれはあんたらを焼き尽くす。灰だって残さない」

「そんな物騒な事をしたらいけません!」

「だってよー。ジェム。おれはやなんだ。ジェムが手の届かない場所で、生きてるのかも死んでるのかも、苦しんでいるのかも笑っているのかもわからないなんて」

頭をこすりつけ、獣が親愛の情を示すようなことをするレパードであった。

その男の頭を、頬に感じつつ、ジェムは申し訳ないという思いを抱き、この人がこれだから色々大変なんだよな、と苦笑いをしつつ、男に言った。

「すみませんが……この人、言い出したら聞かないので、出来たら叶えてほしいんですが……」

男たちは顔を見合わせた後、直ぐに結論を出したらしい。

彼等の中で、ジェムという少女の重要性を理解したからに、違いなかった。

火の門士を落ち着かせておくには、ジェムを側に置いておくのが最善だと、察したからだろう。

「では、二人とも、馬には乗れるか」

「ええ、まあ……」

裸馬なら乗った事がある、と頷けば、男が言う。

「二人を保護させてもらおう。その後いろいろと、提案がある」

そして。

「私はマルコ・フィンチ。フィンチ家の次男だ」

この場所で決定権を持つ男は、二人にそう名乗った。

そのあたりで、レパードの体力は限界だったらしい。

がくん、と頭が垂れて、一気にジェムに、体重がかけられたのだから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 高温で灰も残さずってのは割りとすぐに事切れてしまうので低温で時間をかけてローストするのがより長く十全に生き地獄を味わってもらう秘訣だと思われる。
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