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騎士候補生アンバー山遭難事故 ――なぜ彼らは破滅に至ったのか  作者: Mel


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9/13

みっかめ、あさ②

 小屋を出発した直後のアンバー山には、まるで彼らの旅路を祝福するかのようなどこまでも澄み切った青空が広がっていた。

 山間から顔を覗かせる太陽は候補生たちの金糸の刺繍をこれでもかと輝かせ、爽やかな風が地表から空へと吹き抜ける。


「ほら、見てくださいよ先生! 俺の言った通り、荷物なんて置いてきて大正解だったじゃないですか」

「……何を置いてきたんだ、エリック」

「ハハッ、大したもんじゃないですよ」


 隊の先頭を歩くエリックが、身軽になったザックを軽く叩きながら快活に笑った。彼は足取りを軽くして斜面を駆け下りていく。

 

 そのすぐ後ろに続くドリスは、何度も懐中時計と行く手を交互に睨みつけながら急き立てられるように足を動かしていた。発表会を控えた婚約者の元へ今すぐにでも駆けつけたいのだろう。


「ロッソ、本当にこの道で合っているんだろうな。明日の夕刻までには絶対に王都へ戻らないといけないんだ」

「ご安心を、ドリス様。皆様の俊足ならば、この先の裏ルートを抜ければ予定よりも大幅に早く麓へ到着しますよ」


 ロッソは相も変わらず揉み手をしながらジュリアンたちの機嫌を取ることに終始している。アニーは一歩引いた位置から、黙々と歩き続けていた。

 彼女の隣を歩く副団長のゴードンも一見すれば普段通りであった。が、時折こめかみを押さえるようにして小さく顔を顰めている。


「ゴードン、頭が痛むのか」

「ああ。普段はこんな事ないんだが……慣れない山登りのせいかもしれんな」

「荷物を交換しよう。私はまだ余力がある」

「そっちには女の荷が入ってるだろうが。構わん、戦地での仕事に比べればはるかにマシだ」


 確かに、アニーの運ぶザックには応急処置用の衛生用品の他に月のもののための荷物も含められている。リアナはともかく、男嫌いの気があるシュリーは彼に運ばせることを嫌がるかもしれない。

 ゴードンはザックの横ポケットから小ぶりの水筒を取り出すと、栓を抜いて一口だけ呷った。咎めるようなアニーの無言の視線に気づいたのか、彼はフッと息を吐いて苦笑する。


「……気休めの痛み止めだよ。これくらい、水と変わらんさ」

「酒の何がいいのか、私にはまったく分からない」

「まぁ、お前さんにはまだ早い味だろうな。せっかくだ。この仕事が終わったら屯所で一杯やろう。付き合ってもらうぞ」

「……考えておく」


 アニーが小さく笑って返すと、ゴードンもまた満足そうに水筒をしまい、重い足を再び動かし始めた。

 そんな傭兵たちのささやかなやり取りなど貴族の子息たちの視界には入らない様子で、彼らは緩やかな坂を軽快に下っていく。


「おい、これをしまっておけ」


 行軍の最中、ブルーノが振り返りもせずに何かの袋を背後に放り投げた。それをあたふたと受け止めたのは巨漢のサムだ。彼の背負うザックには消費しきれなかった保存食や予備の燃料などが詰め込まれ、すでに破裂せんばかりに膨れ上がっていた。


「ブルーノ、僕の荷物ももう限界で……」

「黙れ。歩みの遅いお前のために、少しでも役に立つ方法を考えてやっているんだ。文句があるならジュリアンに直接申し出るんだな」


 隣を歩くマルクがニヤニヤとした笑みを浮かべ、サムの肩をわざと強く小突いた。

 ちらりと、アニーはコールソンの顔を盗み見る。

 この程度であれば些末な出来事なのか、それともよくあることなのか。彼はこれといって諫める様子を見せなかった。


 

 ――やがて、一行は浅い沢に行き当たった。雪解け水が流れる小さな川だ。

 皆が飛び石を伝って渡る中、後方からゲイルの下品な笑い声が響いた。


「ほらルゥ、早く渡っちまえよ! 物陰に人喰い熊が潜んでるかもしれないぜぇっ」

「ひいッ! や、やめてくださいよゲイルさん」


 ゲイルが背後からルゥの肩を大げさに掴んで脅かした瞬間、ルゥがパニックを起こして腕を振り回した。その手が前を歩いていたマルクの背中に当たり、強く押し出してしまう。


「うおっ!? ふざけんな、何す……っ」


 バランスを崩したマルクが、派手な水音を立てて冷たい水の中へと転がり落ちた。膝下ほどの浅い沢だったが、尻もちをついたマルクのズボンは一瞬にして雪解け水をたっぷりと吸い込んでしまっている。


「おいおい、気をつけろよマルク。水浴びにはまだ早いぜ」


 ブルーノが川岸から見下ろして笑う。マルクは寒さに身を震わせながら、這い上がるようにして岸へ戻ってきた。


「くそっ、濡れちまった……。おい、サム! 早く俺の着替えと予備の毛布を出せ! お前のザックに入れただろうが」


 マルクが後方に向かって怒鳴ったが、彼らの荷物を押し付けられたサムは重すぎるザックのせいで、隊列のずっと後方を歩いていた。


「マルク、着替えなんて待ってられないぞ。俺は一秒でも早く帰りたいんだ」

「歩いていればそのうち乾く。太陽も出ているからな。さぁ、急ぐぞ」


 ドリスが時計を見ながら苛立たしげに声を上げ、ジュリアンもそれに同調するように頷いた。


「……ちっ。まぁいい、おいゲイル、覚えていろよ」

「わ、悪かったって。でも男前になったぜ、マルク」


 頬を引き攣らせたゲイルにマルクは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、濡れて重くなった服から滴る水を払い落としながら、強がるように再び歩き始めた。

 

 ……どこかから、こちらをじっと見る気配を感じる。

 何気なく周囲を見渡したが、木々がざわめくだけだった。朝方よりも大きく枝葉を揺らしながら。


 

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