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騎士候補生アンバー山遭難事故 ――なぜ彼らは破滅に至ったのか  作者: Mel


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7/13

品評会

――窪んだ双眸が見ていたものは。

 夜明け前のアンバー山は、藍色の空の下でひんやりとした空気に包まれていた。


 山小屋の中は、昨夜の祝宴の残り香である酒の臭いと若者たちのいびきに満たされている。

 誰よりも早く目を覚ましたコールソンは、硬い木の椅子に腰を下ろして彼らを静かに眺めていた。


 騎士養成学院の第二分隊。いずれ王国の中枢を担うであろう有力貴族の子息たち。だが、半年前まで軍にいたコールソンの目に映る彼らは、なにがしかの欠陥を抱えた者たちの集まりだった。


 壁際で、一際豪奢な寝袋にくるまっているのは分隊長のジュリアン。家柄だけでその座に収まっているが、責任感も決断力も皆無と断言できる。ここまでの道中も難所はすべて傭兵や彼の考えるところの『序列の低い』仲間に任せ、自らは整えられた道を歩くだけだった。有事の際には迷わず他者を盾にすることだろう。


 その隣で丸まっているブルーノとマルクは、ジュリアンの威を借るだけの小物だ。実力が伴わないにもかかわらずプライドだけは高く、弱者を嘲笑うことでしか己を誇示できない。

 夜中に何やら傭兵とひと悶着あったようだが、コールソンが介入するまでもなくすごすごと戻ってきた。恐らくは傭兵のゴードンに一蹴されたのだろう。


 対照的に、部屋の隅で窮屈そうに横たわっている巨漢はサムだ。彼は大した家柄ではないばかりにジュリアンたちからいいように扱われていた。恵まれた体躯を持ちながらも面と向かって反発する気概もなく、騎士としての素質は欠けていると言わざるを得ない。卒業後の就任先はせいぜい輸送隊が関の山だろう。


 大した家柄ではないと言えばゲイルも同様であったが、彼の場合はあのジュリアンらとも対等に話す姿を見ることがあった。前任からは『決してそういう間柄ではなかった』と聞いていたがその関係性はどこか歪で、ジュリアンらは彼のことを煙たがっているような素振りも見せている。この演習内でも軽口ばかり叩いて明らかに浮いていた。


 視線を移せば、リアナとテッドが身を寄せ合うようにして眠っていた。博愛の精神で誰にでも分け隔てなく接するリアナと、そんな彼女を守らんと張り切るテッド。周囲に迷惑をかけているわけではないが、少なからず士気を下げる要因にはなっている。また、テッドがリアナの分の荷物まで担いで体力を消耗したのは減点対象と言えよう。


 エリックは自らの体力を誇示することしか考えておらず、ドリスに至っては目前の演習よりも翌日の予定に心を奪われている。スポーツテストやピアノの発表会がどうのと夜半まで騒いでいた彼らは少しでも荷物を軽くして早く帰還することしか考えておらず、山という大自然の脅威を完全に舐め腐っている。


 その他にも、小心者で少しの物音にも怯えるルゥ、ある日を境に急に髪を短く刈り上げて男を寄せ付けなくなったシュリー、個人の技量だけを過信して連帯を軽視するヒックスなど、癖の強い面子ばかりだ。


 総じて、この第二分隊は砂上の楼閣と言えた。学院内では優秀な生徒たちとして取り繕えていても、ひとたび危機的な状況に直面すれば内側から容易に瓦解することが目に見えている。

 こんな連中でも学院にとっては多額の寄付金を預けてくれるお客様である。上層部の露骨な忖度によって、最優秀賞への道も確約されていた。まだ学院に着任して間もないコールソンも、体よく彼らのお守りを押し付けられたようなものである。

 

 そう、弱小貴族の四男に過ぎなかった自分と違って彼らは特別なのだ。何かと便宜が図られるほどに。


 暗い思考に沈んでいると、部屋の隅で静かに身を起こす影があった。山猫傭兵団から派遣された少女、アニーだ。

 彼女は手早く己の荷物を点検すると、迷うことなくジュリアンのもとへ歩み寄り、その寝袋に軽く蹴りを入れた。雇い主に対する行いとは全く思えぬ不躾な態度に、頬の筋肉が緩みそうになる。


「時間だ。起きろ」

「ん……なんだ、小娘……。まだ暗いではないか……」

「出発の時間だ。他の分隊は、もう動いているかもしれない」

「むにゃ……問題あるまい。我らには余裕がある……あと一刻、待て……」


 ジュリアンは怠惰な声を漏らし、再び寝袋の奥へと頭を潜り込ませた。

 アニーは呆れたように冷めた目を向け、傍らに立つコールソンと視線を合わせる。


「コールソン先生。どうする」

「……昨夜の騒ぎが響いているな。ロッソ、現在の時刻と予定の乖離は」


 呼ばれたガイドのロッソが、大きなあくびをしながら小屋の壁掛け時計を確認する。彼はアンバー山の麓の村に暮らす猟師であるが、来年の仕事に繋げたいのか、目に余るほど過剰に媚びる姿を見せていた。


「ああ、先生。まだ猶予はありますよ。皆様は足が速いですから。一時間ほど遅らせても、例の『裏ルート』を使えば昼過ぎには麓です」

「……天候が持てばの話だがな。よし、一時間だけ出発を遅らせる。それ以上は認めん」


 コールソンは低く告げた。


 山の天候は生き物であり、午後になって大きな変動を起こすことも珍しくない。

 だが、あえて彼は妥協を与えた。そもそもこの演習の主役は候補生であり、教官という立場であれど過度な口出しはご法度なのだ。

 

 彼らが自らの怠惰と驕りによってこの山にどう評価されるのか。

 教官として、それを最後まで見届けるだけのつもりだった。


 再び静けさの戻った小屋の中で、コールソンは残る二人の傭兵へと視線を向けた。

 壁に背を預けて横たわる副団長のゴードンは、歴戦の戦士の風格を備えてはいるが、明らかに山の薄い空気に適応しきれず疲労を溜め込んでいた。


 そして、アニー。

 年齢にそぐわないほどの落ち着きがあると言うべきか、他人への関心が薄すぎることを起因とする協調性の無さを危惧すべきか。特筆すべきは徹底的に合理的な判断を下す姿勢であるが、その態度は周囲と軋轢を生む要因にもなりかねない。

 

 一流の傭兵を目指すのであれば、立ち回りというものを覚えるべきであろうが――。


 コールソンは、窓から差し込む微かな白光に照らされた彼女の黒髪をじっと見つめた。


 鴉の濡れ羽のような、美しい黒。

 ……脳裏をよぎる、懐かしい黒。


 コールソンは小さく息を吐き出して、胸の奥底から込み上げそうになる熱に、なけなしの理性で蓋をした。

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― 新着の感想 ―
 コールソンさん視点でのジュリアンさんの評価の悲惨さ……けど大体合ってそうですね。  シュリーさん、訳ありの様ですが、辛口ながら高く評価されてるアニーさんに対するコールソンさんの複雑な心境含め、気にし…
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