第96話 ニンジャボーイ
ルシアンと湊。
少し意外なやり取りになりました。
「ところで君は?
サクヤヒメの知り合いかい?」
湊は穏やかに名乗った。
「蒼井湊と申します」
「ホテルのバーで働いています。バーテンダーです」
「へえ。そうなんだ」
ルシアンの口元が緩む。
そして
「あれ?」
ルシアンが首を傾げた。
そして。
じっと湊の顔を見つめる。
数秒。
「もしかして」
「君は……ニンジャボーイか」
湊も首を傾げた。
「はい?」
「僕だよ、僕」
ルシアンはキャップとサングラスを外し、自分を指差した。
「覚えてないかな。ルシアン・ヴェルナー」
青い目が楽しそうに細められる。
「七年前だったかな。日本に来た時、ガイドしてくれたでしょ?」
「今はバーテンダーなんだね」
次々と言葉が飛んでくる。
湊は数秒考えた。
そして。
「ああ」
小さく頷く。
「あの時の」
まさか。
二人に面識があったのか。
「知り合いか?」
「ええ」
湊は頷く。
「七年前に来日された際、ガイドの補助として同行していました」
ルシアンを見て
「お久しぶりです。ミスター。
覚えていてくださり光栄です」
一礼する。
「いやいや。最初は分からなかったんだけど、君、独特な雰囲気だからさ。まさかと思ったよ。ふふ、また会えるなんて嬉しいな」
差し出された手を湊は握り返す。
そんな二人のやりとりを、咲也は黙って見ていた。
まったく初耳だった。
「君、そんな仕事もしてたのか」
「ええ。まあ」
湊が言いにくそうに言葉を濁す。
ルシアンは懐かしそうに笑った。
「いやあ、楽しかったね」
「秘書も警備も撒いたと思ったら、君だけが普通についてきててさ。
気がついたらそばにいて、まさにニンジャだったなあ」
昔からスタッフに迷惑をかけていたらしい。
咲也は心の中で秘書と警備に同情した。
「一緒に観光したよね」
湊は曖昧な笑みを浮かべる。
「お仕事でしたので」
「真面目だなあ」
ルシアンは笑う。
「でも不思議だったな」
ふとルシアンが言う。
「君がいると周りで次々と不思議なことが起こった」
「……そうですか?」
「うん」
あっさり頷く。
「誘拐されかけた時もそうだった」
咲也の眉が僅かに動く。
ーー聞き間違いか
さらっと物騒な言葉を聞いた気がするが
「僕を連れ去ろうとした人たちがいたんだけど」
ーー気のせいじゃなかった
しかし。
ルシアンは、まるで天気の話でもするような口調だった。
「気が付いたら地面に転がっていてさ。彼ら」
ルシアンが肩を竦める。
「結局、何が起きたのか最後まで分からなかった」
そう言って湊を見る。
「君は知ってる?」
湊は穏やかに微笑んだ。
「さあ」
それ以上は何も言わなかった。
秘書も警備も撒いたのに、なぜか湊だけはついてくる。
ルシアンにとっては、不思議な「ニンジャボーイ」だったようです。
そして最後の「さあ」。
何があったのかは、まだ秘密です。




