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第93話 少しだけ特別

いつもお読みいただきありがとうございます。


今回は少しだけ穏やかな日常回です。



昼前。


キッチンには香ばしい匂いが広がっていた。


焼き鮭。


卵焼き。


冷奴。


そして炊きたてのご飯。


仕事前の食事だからだろう。


食卓は思ったよりもしっかりしている。


「味噌汁よそってくれ」


フライパンを洗いながら咲也が言う。


「はい」


湊は二人分の味噌汁を器へ注いだ。


カウンターを挟んで向かい合って座る。


「いただきます」


「いただきます」


穏やかな時間だった。


鮭をほぐしながら咲也が言う。


「冷奴、醤油いるか」


「使います」


咲也がカウンターの端に置いてあった醤油をこちらへ寄せた。


「ありがとうございます」


何気ないやり取り。


それだけなのに。


どこか満たされた気持ちになる。


少し前までは想像もしていなかった。


こうして同じ家で食事をすることも。


仕事へ向かう前の時間を共有することも。


湊は小さく笑った。


「高宮さん」


「ん?」


「今日は一緒に出勤しませんか」


咲也が目を瞬く。


「一緒に?」


「はい」


湊は頷いた。


「いいのか。早いだろ」


湊の出勤時間には、まだ早い。


「ラウンジでゆっくりしてから行きます」


さらりと答える。


「そうか」


咲也は頷いた。


湊は少しだけ笑う。


「それに」


「ん?」


「いつもは別々に出勤するでしょう」


「ああ」


「こうして咲也さんと一緒に行けるの、嬉しいんです」


ぴたりと箸が止まった。


数秒。


沈黙。


それから。


「そ、そうか」


咲也が俯く。


耳が赤い。


昨夜。


あれだけ大胆なことを言った人とは思えない。


思わず口元が緩んだ。


ーー可愛いな。


そう思う。


「なんだ」


怪訝そうな声。


「いえ」


湊は首を振った。


「なんでもありません」


咲也は納得していない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


窓の外はよく晴れている。


こういう時間も悪くない。


湊はそう思いながら、冷奴へ箸を伸ばした。

特別なことは何もない日。


でも、こういう時間も二人にとっては大切なのかもしれません。

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