表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/99

第92回 僕の負けです

恋人になっても、不安がなくなるわけではないらしい。


そんな夜のお話です。




夜。


自宅。


シャワーを終え、

ベッドへ倒れるように転がり込む。


疲れていた。


今日は色々ありすぎた。


ルシアン。


ロビーでの騒動。


思い出しただけで頭が痛い。


そんなことを思っているうちに、そのまま意識が沈んでいく。



どれくらい経っただろう。


ふと身体が温かくなる。


腰に回る腕。


抱き寄せられる。


首筋に温かな吐息がかかる。


くすぐったい。


「おかえり」


小さく声を掛けると、


背後から低い声が返ってきた。


「ただいまです」


少しの沈黙の後、


「高宮さん」


「ん?」


「どんなアプローチされたんですか?」


「ルシアンって人に」


咲也は目を瞬く。


眠気の残る頭で、バーでの会話を思い出した。


黒崎とそんな話をした。


具体的なことまでは話していない。


ロビーであったことはもう思い出したくもないし、余計な心配もさせたくない。


「いや、別に何もなかった……」


そう言って誤魔化して、


このまま寝てしまおうと思った。


直後。


首筋へ柔らかな感触が落ちる。


くすぐったいなと、

ぼんやり思っていると。


次の瞬間、強く吸い付かれた。


「っ……!」

びくんと震える。

思わず肩が跳ねた。


一気に目が覚める。


驚いて振り解こうとするが、湊の両腕はがっちりと咲也の体を掴んでびくともしない。


逃げられない。


再び首筋へ吐息が落ちた。


熱い。


ぞくりと背筋が震える。


「や、やめ……」


力が抜けていく。


「正直に、言ってくれたらやめますよ」


耳元で囁かれる。


耳朶に触れる吐息に震える。


身体の奥が熱を帯びる。


これ以上はまずい。


「蒼井くん!」


思った以上に大声が出た。


「はい」


「俺、明日仕事!」


頭の片隅は妙に冷静なのに、声にはまるで余裕がない。


だからもう寝ようと続けようとしたが、


「遅番ですよね」


すぐに返される。


「時間はまだありますよね」


落ち着いた声なのに、全然安心できない。


口を開きかけた、その瞬間。


首筋へ、再び口づけが落とされる。


何度も優しく、甘く。


首筋から背筋へ、甘い痺れが走る。


「やっぱり首、弱いですよね。咲也さん……」


囁きとともに、熱い吐息が首筋を撫でる。


「あ……っ」


咲也はたまらず身震いした。

理性が溶けそうだった。


強くシーツを握り込む。


だが、やり過ごせない。


ーー限界だ!


「手にキスされた!」

「口説かれた!」

やけくそのように叫んだ。


ぴたりと動きが止まった。

密着していた湊の熱が遠ざかる。


ほっと息をつき、

乱れた息を整える。

しかし安心したのも束の間だった。


ぐい、と身体を引かれる。


次の瞬間には仰向けになっていた。


「蒼井くん?」


呆然と見上げる。


湊が至近距離から見下ろしていた。


息が止まる。


切実な目。


その顔は、思った以上に真剣だった。


手首を取られる。


その手つきはどこか丁寧で、恭しい。


そして。


手の甲へ唇が落ちた。


右手。


続いて左手。


優しいキスだった。


覚えがある。


バーで清吾が咲也に抱きついてきた日の夜。


ベッドで湊が抱きついてきた。


上書き、と湊は言っていた。


「ああ……」


思わず苦笑する。


「やきもちか」


湊は否定しなかった。


ただ真っ直ぐ見つめてくる。


「悪かった」


咲也は小さく息を吐く。


「余計なこと言うと心配させると思って」


「あの人のそれは、今に始まったことじゃないんだよ」


「昔からだよ」


「遊びみたいなものだから」


しかし湊は首を振った。

「いいえ」


「僕の愛しい人は、誰より魅力的だから」


静かな声だった。


「僕は不安で仕方ありません」


咲也は目を細める。


「それを言うなら俺の方だよ」


「君は若いし」


「綺麗だし」


「その気になれば、俺なんかよりいい相手がいくらでも……」


「いません」


間髪入れずに返ってくる。


「僕が好きなのは咲也さんだけです」


迷いのない目。


だから咲也も笑う。


「俺も君だけだよ」


そう言ってから。


少しだけ視線を逸らした。


「だけどさ」


「……はい」


「君はさ」


ためらうが、思い切って口にする。


「いつ襲ってくれるんだよ」


湊が固まった。


「え?」


「前に言ったじゃないか」


咲也は湊を見つめた。


「俺のこと、襲うって」


しばらくうちに来ないかと、湊に言った時に。


ーー「一緒にいたら」

ーー「……襲いますよ。高宮さんのこと」


「……言いましたね」

湊が頷く。


咲也は構わず続ける。


「だけど、君は一向にそんな様子ないし」


咲也は視線を逸らす。


ーー今のだって、結局キス止まりだったし……

しかも尋問だったし。


「……俺に魅力がないのかと思うだろ」


自分で言っていて恥ずかしい。


けれど本音だった。


両腕を伸ばす。


湊の首へ回す。


そのまま引き寄せた。


ぎゅっと抱き締める。


密着した身体から、驚くほど速い鼓動が伝わってきた。


自分のものではない。


湊の鼓動だ。


「……蒼井くん」


湊の耳元で囁く。


「……で、続きは?」


返事はない。


ただ肩がぴくりと震えた。


しばらくして、小さな声が落ちてくる。


「高宮さん、明日仕事ですよね?」


咲也は目を瞬く。


さっき、自分が口にした言葉だった。


思わず笑う。


「遅番だから、まだ時間はあるぞ」


湊の身体が固まった。


「すみません」


「僕の負けです」


それだけ言って、

湊は咲也を強く抱き締め返した。


まるで離したくないと言うように。


力が抜ける。

咲也は小さく笑った。


何に負けたのかは分からない。


けれど。


その腕の強さだけで十分だった。



目を覚ます。


窓から朝日が差し込んでいた。


天井を見上げる。


結局あの後、2人してそのまま寝てしまった。


思わず苦笑する。


隣では湊が眠っている。


穏やかな寝顔。


前髪を優しくかき上げる。


そのまま身をかがめ、湊の耳元へ顔を寄せた。


「いつになったら襲ってくれるんだよ。君は」


そっと囁く。


身体越しに伝わってきた鼓動の速さを思い出した。


ーーまあいいか。


くすりと笑う。


ーー少なくとも、そういう対象として見てもらえてるってことだよな。


それだけでも十分だ。



「さて」


「飯でも作るか」


咲也は、ベッドを抜け出す。


キッチンへ向かう。


扉が閉まる。


静かな部屋。


湊は目を開いた。


「……参りました」


小さく呟き、腕で目元を覆う。


顔が熱い。


完敗だった。

事情聴取を始めた湊でしたが、最終的に一本取られたようです。


なお翌朝もダメージは継続していました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ