第91話 金色の面影
いつもありがとうございます。
今回は黒崎回です。
なぜ彼が普段髪を染めているのか。
そして、ルシアンとの関係について少しだけ触れています。
穏やかなバーの夜をお楽しみいただければ幸いです。
Bar Haven。
夜。
扉を開ける。
ベルが鳴る。
静かな音楽が流れる店内。
「いらっしゃいませ」
湊が顔を上げる。
「高宮さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。蒼井くん」
客は一人。
カウンターでグラスを傾ける男がいた。
金髪。
見慣れない姿に、一瞬だけ足が止まる。
「……黒崎」
男が振り向く。
「よ、高宮さん」
いつもの人を食ったような笑み。
それだけはいつも通りで少しホッとする。
咲也は苦笑しながら、いつもの席――黒崎の隣へ腰を下ろした。
「いつもので」
「はい」
湊が頷く。
グラスを用意する。
マスターが笑いながら言う。
「黒崎さん、その髪似合うね」
「ありがとうございます」
黒崎は照れくさそうに頭を掻き、手元のグラスを軽く回した。
「俺、クォーターなんです」
「でも、じいさんの見た目をそのまま受け継いじゃって」
苦笑する。
「家族の中で俺だけ、この色なんですよ」
黒崎はグラスを目の前で揺らす。
「まあ、子どもの頃は、よくいじめられましたね」
静かな声だった。
「日本じゃ色々と目立つもんで、黒く染めてるんですよ」
その笑顔には、
いろいろな感情が滲んでいた。
マスターは何も言わず頷く。
黒崎は努めて明るく、笑い飛ばすように言う。
「まあ、いじめた奴らにはやり返してやりましたけどね」
そして咲也を見ると、わずかに表情を改めた。
「今日は、叔父が迷惑かけてすいません」
黒崎が頭を下げる。
この男がこんなふうに真面目に謝るところなんて初めて見た。
少し驚きながら、咲也は首を振った。
「いや。お前のせいじゃないよ。あの人いつもああだから」
咲也は苦笑した。
ルシアンは昔から変わらない。
やたらと距離が近くて、
隙あらば口説いてくる。
そのたびにチームメイトが間に入って助けてくれていた。
なんだか思い出しただけで頭が痛くなってきた。
黒崎はそんな咲也を見て、困ったように笑った。
「すいませんね」
そういえば。
ロビーでは、手を離してほしいと言っても、ルシアンは聞く耳を持たなかった。
「でも、ルシアン、お前の言うことは素直に聞いてたな。身内だからか?」
「いや、お袋の言うことも基本聞きませんよあの人。
多分、今頃喧嘩してると思いますけど、あの2人」
「まあ、一方的にお袋が怒って、叔父は飄々としてるでしょうけどね」
光景が浮かぶようだ。
黒崎は笑うと前髪をひとふさ摘んで、照明にかざす。金色がキラキラと反射する。
「あの人、俺のこの髪好きなんですよ」
「じいさんに、そっくりなんだって」
「だから叔父の面倒見る時だけ戻すんです。
この姿だと、言うこと聞いてくれるんで」
「じいさんのこと、本当に大好きだったんでしょうね」
咲也は納得した。
「だから、あんなに素直だったのか」
「そういうことです」
黒崎はグラスを軽く揺らして笑う。
「いやあ、でも流石に俺もびっくりしましたよ」
「まさか、今日来るとは思ってなくて」
「俺も神代さんに全部押し付けて、慌てて飛んで来ましたよ」
「そうか」
神代を不憫に思った。
「あと、もうひとつ謝っておかないといけないことがあるんですよ」
軽い口調ながら、黒崎は少し申し訳なさそうな顔になる。
「これ、叔父に送りました」
黒崎がスマホを取り出し、画面を咲也へ向ける。
映っていたのは、育成施設のマウンドだった。
そこに立つ、咲也の姿。
キャッチャーからボールを受け取る。
指先で縫い目を確かめるように、一度だけボールを回した。
構える。
脚が上がる。
踏み込む。
身体がしなり、腕が鋭く振り抜かれた。
白球が、一直線に伸びていく。
次の瞬間。
バンッ――。
キャッチャーミットから、重い音が響いた。
誰も何も言わない。
周囲の視線が、マウンドの咲也へ集まる。
画面の中で、咲也の口元がわずかに緩む。
けれど、それも一瞬だった。
すぐに表情を戻し、自分の手へ視線を落とす。
そこで動画は終わった。
「ああ……」
思い出す。
あの日だ。
「施設の報告用です」
黒崎が肩を竦める。
「オーナーには、見たものをきちんと報告しないといけないんで」
咲也は苦笑した。
「まあ、そうだろうな」
黒崎は頭を掻く。
「そしたら、すっかり興奮しちゃって。会いたいって聞かなくて」
「もともと来月、日本の育成施設を視察する予定はあったんですけど」
「でも、そこまで待てなかったみたいで。仕事を放り出して来ちゃったんですよね。本当にプライベートで」
黒崎は困ったように笑う。
「まあ、俺もあんな投球を見たら……飛んでくる気持ちは分かりますけど……」
そこで、ふっと遠い目をする。
「ちなみに、秘書は電話口で泣いてました」
咲也は小さく息を吐き、こめかみを押さえた。
「……そうか」
「だから、しばらく覚悟したほうがいいですよ。高宮さん」
黒崎が苦笑する。
「これから猛烈にアプローチされると思うんで」
「あれ以上にか……」
思わずげんなりする。
――ロビーでみんなに見られてしまったしな……
静まり返ったロビーを思い出す。
その場にいたスタッフ全員の動きが凍りついた。あのいたたまれない時間を。
その後支配人とも肩を組んでいたし、スキンシップ過剰なお客様と見てもらえたようだ。
しかし、ああいうことが、度々あっては困る。
「まいったな」
思わず声に出てしまう。
「先に謝っときます」
黒崎は深々と頭を下げる。
そこまでは殊勝だった。
顔を上げた次の瞬間には、ちゃめっ気たっぷりにウインクして片手を上げる。
「ごめんね」
思わず笑う。
「その図体でそういうのやめろ。全然可愛くないぞ」
「ええ〜女の子にはウケるのよこれ」
オーバーアクションで驚く黒崎に、咲也は呆れたように息を吐く。
絶妙な愛嬌のある男だった。
憎めない。
「まあ、あの人の滞在中は俺が付き添うので、できる限り止めますんで」
そう言って笑う黒崎の横顔へ、
カウンターの照明が落ちた。
その瞬間。
咲也は思わず目を留める。
「あれ」
「ん?」
「……瞳」
黒崎が首を傾げる。
「光の加減か」
「青いんだな」
普段は黒く見えるが、光の加減で青くも見えるらしい。
思わず見入ってしまう。
黒崎はにやりと笑った。
「あら?」
「高宮さん」
少し身を乗り出す。
「もしかして見惚れた?」
「いや」
咲也は慌てて首を振る。
「違う」
「綺麗な色だと思って」
「それだけだ」
「へぇ」
黒崎の笑みが深くなる。
「じゃあ」
悪戯っぽく笑う。
「この姿で口説けばよかったかな?」
「ば、バカ言え」
咲也の頬が少しだけ熱くなる。
「そういう意味じゃない」
「はは」
黒崎は楽しそうに笑った。
マスターがその様子を見て
「あらら」
「高宮さん、顔赤いよ」
「ち、違います!」
「これは、その……」
マスターは笑いながら隣を見る。
「蒼井」
湊の手が、グラスを拭いたまま止まっていた。
「顔、怖いよ」
「……気のせいです」
そう答えて、湊はそっぽを向く。
マスターは小さく吹き出す。
「本当にわかりやすいねえ」
Bar Havenの夜は、
今日も静かに更けていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ルシアン来日の裏側と、少しだけ黒崎の過去のお話でした。
それにしても、ルシアンは思った以上に自由人です。
周囲は大変ですが、本人はきっと反省していません。
次回もお付き合いいただければ嬉しいです。




