表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/89

第88話 予定外の来訪

打ち合わせをした翌日。

予定は、あくまで予定でした。


応接室での打ち合わせの翌日。


ロビー。


咲也はいつも通りベルデスクに立っていた。


自動ドアが開く。


一人の男が入ってくる。


キャップ。


サングラス。


黒いジャケット。


キャリーケースを引いている。


旅行客だろうか。


スラリとした長身の男だ。年は咲也より少しだけ上だろう。


キャップに刻まれたのは、シアトル・ノクターンズのロゴ。


懐かしい。


かつて自分も身につけていたものだ。


懐かしさを覚えながら、何気なく男の姿を目で追った。


不意に、


妙な既視感を覚えた。


胸がざわつく。


ーーそんなはずはない。


来日は来月だ。今日じゃない。


そんな咲也の内心の動揺をよそに

男がサングラスを外した。


青い目。


恐ろしく整った顔立ち。


キャップからのぞく金色の髪。


もはや疑いようもない。


「……ルシアン」


男が微笑む。


「ああ」


そして。


「ちっとも変わってないな。君は」


言葉が終わるより早く、ルシアンは咲也の手を取った。


傅くように身を屈め、その手の甲へ口付ける。


ロビーの時間が止まった。


「…………」


フロントスタッフが固まる。


近くにいた宿泊客も見ている。


咲也も固まった。


「サクヤヒメ」


ルシアンが微笑む。


かつてマスコミから“天使の微笑”と称され、男女問わず魅了してきた笑み。


だが、咲也にとっては迷惑以外のなにものでもなかった。


「会いたかったよ」


「やめてください」


「何をだい」


「その呼び方も、触るのもやめてください」


はっきりと言う。

それでも相手は動じた様子もなく続けた。


「だって、ヒメはヒメだよ。

君はまさにコノハナノサクヤヒメの化身だもの」


流暢な日本語で言う。


ルシアンは日本人とのハーフで、日本語も昔から堪能だった。日本文化にも妙に詳しい。

もっとも、その知識にはかなり偏りがある。


「君が笑うと周りが輝く。

まさにサクヤヒメじゃないか。その名にふさわしい」


歯の浮くような台詞を口にし、なおも手を離さない。


手を引こうとしても、びくともしない。


ーーこの人は……っ!

人の言うことをまるで聞きやしない。

昔のままだ。

更に強く出るべきか悩んでいると。


「はい、おじさん。

その辺でやめましょうね」


聞き覚えのある声だった。


ルシアンの手が離される。


振り返る。


いつの間にかそばに金髪のガッチリした体格の男が立っていた。

「カズヤ」


「ほら。みんな驚いてるじゃないですか」

呆れたように言う。


その声に聞き覚えがあった。


咲也は目を瞬いた。


「……黒崎?」


男がにやりと笑う。


「よう、高宮さん」


人を食ったような笑み。


間違いない。


黒崎だった。


「お前、その髪……」


「あー、元々この色なんですよ。普段染めてて」


「久しぶりに戻しました」


肩を竦める。


「こっちの方が都合がいいんで。この人には」


その時だった。


ロビーの奥から慌ただしい足音が聞こえる。


「もう、本当にいきなりですね」


息を切らして来たのは黒崎支配人だった。


彼のこんな慌てた姿は珍しい。


「やあ、コウイチ!」


ルシアンが満面の笑みを浮かべる。


「会いたかったよ!」


「はいはい」


支配人はため息をつき、

あしらうように言う。


彼が、客に対してこんな態度を取るのも珍しかった。


「連絡を受けた時は驚きました。

来月の予定でしたよね」


「ふふ、早く来たくてね」


「振り回されるこちらの身にもなってくださいね」


支配人は呆れたように言う。


ルシアンは気にした様子もない。


「それより、コウイチ」


笑顔のまま言う。


「姉さんとはどうだい?」


「相変わらず仲が良いんだろうね」


「ええ、そうですね」


「焼けちゃうなあ。君達は本当に幸せそうだから……」

言いながら、

さりげなく支配人の肩を抱いて引き寄せ、その耳元で囁く。


「その話を今晩ゆっくり聞かせてくれないか。

私の部屋で――」


「はい。ストップ」


言ったのは支配人ではなく黒崎だった。


笑みを浮かべたまま、黒崎は英語へ切り替える。


『人の親父を口説かんでくださいよ』


支配人も英語で返す。

『相変わらずですね。我が義弟は』


肩に置かれた手をやんわり離すと困ったように笑った。


ルシアンも支配人に微笑んだ。

『君もね。

姉さんの彼氏の中で僕に靡かなかったのは君が初めてだったよ』


支配人が息をつく。

『厄介な性分ですよね』


『仕方ないさ。

姉さんが選ぶ人は魅力的なんだよね。みんな。口説かない方が失礼だ』

悪びれず言う。


支配人は苦笑した。

どこか諦めたように。

そして改めて一礼した。


「ヴェルナー様。ようこそお越しくださいました。レガリアアストラへ」


日本語に戻す。


「ああ。よろしく」

ルシアンも応じる。


その後、簡単なチェックインの手続きを済ませる。


「高宮さん。

ご案内お願いします」

「はい」

支配人は、黒崎を見上げて


「よろしくお願いしますね。

『黒崎様』」


「はいはい。分かってますよ。『黒崎支配人』」


黒崎が苦笑しながら軽く手を振って答えた。



幸いだったのは、


アストラスイートも、


隣接する客室も空いていたことだ。


咲也は二人を最上階へ案内する。


エレベーターの中でもルシアンは機嫌が良かった。


「サクヤヒメ」


「この後ディナーでもどうだい」


「お断りします」

「あとその呼び方やめてください」


「つれないなあ」


黒崎がククッと小さく笑った。

「流石高宮さん。

ブレないねえ」

咲也は表情を変えず、礼だけ返した。


最上階。


アストラスイート前。


ルシアンが部屋のドアに向かう。


「ありがとう」


振り返る。


そして再び咲也の手を取った。


親指が手の甲を撫でる。


思わず鳥肌が立つ。


「どうだい」


ルシアンが誘うように怪しく微笑む。


「今夜――」


「あー、おじさん」


黒崎が割って入り、

その手を引き離す。


「やめときなさい」


「カズヤは意地悪だなあ」

不満そうに言うルシアンに


「あれ、俺の言うこと聞いてくれないんですか?」

黒崎の片眉がピクリと動く。


「聞くよ?でも、目の前にヒメがいるのに……」


「ふーん。

髪、染め直そうかな」


ルシアンが固まった。


「……それは困る」


「ですよね」


「分かった。言うこと聞く」


意外だった。

あのルシアンが、素直に頷いている。


黒崎が満足そうに頷く。


「よろしい。

じゃあ、おとなしく部屋に入ってください。俺も一緒にいますんで」


「え。カズヤ、そばにいてくれるのかい」

ルシアンの目が輝く。


「警備スタッフが来るまでです。あんた、目を離したらどこ行くか分からんですから」


「信用されてないね」


「これで信じろってのが無理でしょ」


「だって空港に着いたって連絡したじゃない」


「連絡がルーズすぎるでしょ。行動する前に連絡してくださいよー」


正論に内心頷く。


まあ、3年間家族に連絡しなかった男の言葉とは思えないが。


黒崎に肩を押されて室内に入る前に、ルシアンがこちらを振り返る。

「また後でね、サクヤヒメ」


「ごゆっくりお過ごしください」

答えずに営業スマイルで一礼した。


黒崎も手を振る。


「高宮さん、またバーで」


2人室内へ入っていく。


パタン


扉の閉まる音。


咲也は、小さく息を吐く。


ーー本当に嵐のような人だ。


変わってなかった。


昔から、ああやって突発的な行動をして周囲を困らせていた。


警備の和葉達もさぞ驚くことだろう。


彼らが到着した時、どんな顔をするのか。

想像して、気の毒に思った。


小さく息をつく。

軽く肩を回してほぐした。


とりあえず持ち場へ戻ろう。

気を取り直して、咲也は踵を返した。

ルシアン、ようやく登場です。

周囲は大変ですが、本人は至って楽しそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ