第84話 迎える準備
「今度は仕事で伺います」
の回収回です。
「蒼井和葉と言います」
和葉が名乗る。
咲也は一瞬だけ目を瞬いた。
凛とした佇まいは、どこか湊を彷彿とさせる。
思わず見つめていると
「高宮さん、どうぞ」
黒崎支配人が促す。
咲也は対面の和葉と男に会釈して、空いている席に腰を下ろす。
茅田の隣だった。
すると、向かいに座っていた壮年の男性が頭を下げる。
「橘警備の橘と申します」
咲也も頭を下げた。
「ベルリーダーの高宮咲也です」
軽く挨拶を交わす。
「本日は来月予定されているVIP対応についてご相談に伺いました」
テーブルの中央へ資料が広げられた。
「ルシアン・ヴェルナー様のご滞在についてです」
やはりその話か。
咲也は小さく息を吐いた。
オーナーから事前に話は聞いている。
メジャー球団、シアトル・ノクターンズ。
かつて咲也が所属していた球団だ。
ルシアンはそのオーナーだった。
正直なところ。
少々苦手な相手だった。
そんな咲也の気持ちを知らず、話は進む。
「滞在期間は六泊七日を予定しています」
橘が説明を続ける。
「到着は午後二時頃を予定しております」
「正面車寄せよりご案内いただく予定です」
茅田が頷いた。
「チェックイン手続きは事前に準備しておきます」
「ありがとうございます」
橘は館内図へ視線を落とす。
「客室へのご案内は」
黒崎支配人が口を開いた。
「高宮さんにお願いします」
「承知しました」
断る理由はない。
ベルリーダーとして当然の仕事だ。
「高宮さん」
和葉が声をかける。
「ヴェルナー様の到着時間帯ですが」
「はい」
「ロビーの混雑状況はいかがですか」
「チェックイン前ですので、それほど混雑はしません」
「なるほど」
和葉はメモを取った。
「では一般のお客様との接触も少ないですね」
「そうですね」
咲也は頷く。
「客室は最上階のアストラスイートを予定しています」
茅田が資料を確認する。
「隣接する客室も押さえてあります」
「ありがとうございます」
橘が頷いた。
「警備担当者はそちらの客室を使用させていただく予定です」
橘は館内図の車寄せを指差した。
「私どもが特に重視しているのは、到着時よりも出発時です」
「チェックアウトですか」
茅田が尋ねる。
「ええ」
橘が頷く。
「一般のお客様のチェックアウト」
「送迎車やタクシー」
「配送業者」
「人の出入りが一気に増えます」
和葉も続けた。
「出発時間につきましては、一般のお客様との動線を避けられる時間帯で調整する予定です」
「詳細は日程が近づきましたら、改めてご相談させていただきます」
咲也は小さく頷いた。
確かに車寄せは人の出入りが多い。
チェックイン時も同じ車寄せを使う。
だが、チェックアウト時は人も車も一気に増え、動線は格段に複雑になる。
ベルが絶えず荷物の搬出入で動き回る場所だった。
「現時点では以上です」
橘が資料から顔を上げた。
「追加で確認したいことはありますか」
特に意見は出なかった。
打ち合わせはそのまま進んでいく。
咲也はふと向かい側を見る。
和葉は資料へ目を落としたまま、橘の説明に耳を傾けていた。
小さな合気道道場の後継者。
その彼がなぜ警備会社にいるのか。
咲也の中で両者は結びつかなかった。
ふと
思考が逸れていることに気付く。
ーーいかんな。
咲也は小さく息を吐く。
仕事に意識を戻し、再び館内図へ視線を落とした。
咲也が見ていたのは宿泊客の和葉。
今回は少し違う一面でした。




