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第82話 フライ

休日の昼。


咲也が少し頑張ります。

休日の昼。


窓の外はよく晴れていた。


リビングのソファに腰掛けた湊は、ぼんやりとテレビを眺めていた。


キッチンからは油の弾ける音が聞こえてくる。


ジュウ、と心地よい音。


ふわりと漂う香ばしい匂いに、自然と視線がそちらへ向いた。


「蒼井くん」


キッチンから声がかかる。


「はい」


「もう少し待っててくれ」


「分かりました」


返事をしながらも、気になるのはテレビではなくキッチンの方だった。


咲也は今日は自分一人でやりたいからと、湊の手伝いをやんわりと断った。


「楽しみにしててくれ」


そう言ってキッチンへ入った背中は、どこか落ち着かないようにも見えた。


一体、何を作っているのだろう。


しばらくして。


「お待たせ」


咲也が料理を運んでくる。


ことり。


平皿がローテーブルへ置かれた。


黄金色のフライ。


横には千切りキャベツとトマト。


小皿には手作りらしいタルタルソース。


湯気の立つ味噌汁。


思わず見入ってしまう。


咲也は自分の皿もテーブルへ並べると、湊の隣へ腰を下ろした。


「召し上がれ」


「いただきます」


箸を取った。


まずはフライを一口。


サクッ。


軽やかな音。


衣は香ばしく、中はふっくらしている。


揚げ物なのに重くない。


タルタルソースとの相性も良く、自然と次の一口へ手が伸びた。


気付けば箸が止まらない。


「うまいか?」


少しだけ緊張したような声だった。


湊は頷く。


「はい」


「美味しいです」


その言葉を聞いた瞬間だった。


咲也の表情がふっと緩む。


心の底から安堵したような。


そして。


息をのむほど、眩しい笑顔だった。


一瞬、時間が止まる。


視線を逸らせない。


ただ、その笑顔だけを見つめていた。


「そうか」


「良かった」


咲也は少しだけ視線を落とし、


「陽子さんに教えてもらったんだ」


と言った。


「陽子さんに?」


「そう。この間少し手伝ったら、お礼にって教えてくれてさ」


咲也は照れくさそうに笑う。


「陽子さんのフライ、好きなんだ」


「家でも作れるようになりたくて」


少しだけ言葉を探してから続ける。


「食べてもらいたくてな」


咲也は何気ない調子で言った。


「君に」


胸の奥が、静かに熱くなる。


――あ。


そうだ。


この笑顔。


見たことがある。


青空野球教室。


投げた球が、真っすぐミットへ吸い込まれたあの日。


あの時も。


咲也は、こんなふうに笑っていた。


――高宮スマイル。


黒崎和也が、そう呼んでいた笑顔。


野球ができたことが嬉しくて。


心の底から幸せそうに笑っていた、あの笑顔。


今。


その笑顔を。


今は、自分だけに向けている。


その事実だけで、胸が締めつけられた。


思わず。


抱きしめたい。


そんな衝動が込み上げた。


手を伸ばせば届く距離だった。


それでも、そっと拳を握りしめる。


「どうした?」


心配そうな声が聞こえる。


「蒼井くん?」


我に返る。


「……なんでもありません」


咄嗟にそう答える。


「そうか?」


「はい」


咲也は不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は聞かなかった。


「なら良かった」


そう言って自分も箸を取る。


何も気づいていない。


隣で咲也は、満足そうにフライを頬張っていた。


湊は小さく息を吐いた。


味噌汁を口へ運ぶ。


温かい。


胸の奥も、同じように温かかった。


この人は。


自分が誰かをどれほど幸せにしているのか。


きっと、知らない。


だからこそ。


たまらなく、愛おしかった。


美味しいものは、誰かに食べてもらいたくなるものです。

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