第80話 バックヤードにて
社員食堂での一件のあと。
ようやく取れた遅い昼休憩です。
今回はホテルの裏側で働く人たちの日常回。
遅い昼休憩
バックヤードの休憩スペース。
咲也は空いている席へ腰を下ろした。
レジ袋から弁当を取り出す。
先ほど支配人から渡された、陽子のおにぎり弁当だ。
「まあ」
向かいから声が飛ぶ。
顔を上げる。
リネンスタッフの女性たちだった。
ぞろぞろとスペースに入ってくる。ちょうど休憩なのだろう。
「高宮さんじゃないの」
リネンスタッフの中村が気さくに声をかける。
「こんにちは」
軽く頭を下げる。
「今休憩なんですか?」
「珍しいですねぇ。この時間になんて」
女性達が物珍しそうに声をかける。
リネンスタッフが一息つく時間帯。
対してベルは、
これから忙しくなる時間だ。
「ええ」
咲也は苦笑した。
「ちょっと色々ありまして」
「ふぅん?」
興味はありそうだったが、
それ以上は聞いてこない。
その距離感が心地良い。
「陽子さんのお弁当?」
別の女性が言う。
咲也は弁当を見下ろした。
「はい」
「やっぱり」
女性たちが笑う。
「陽子さんのおにぎり大きいのよねぇ」
「いっぱい食べさせたい人だから」
「高宮さんも気を付けないと」
「何をです?」
「そのうち三個になるわよ」
思わず笑った。
「それは困りますね」
和やかな笑いが広がる。
咲也はおにぎりを一口かじった。
塩加減がちょうどいい。
やはり美味い。
「疲れたわぁ」
向かいの女性が肩を回した。
「何かあったんですか」
「満室」
一言だった。
「ああ」
思わず納得する。
周囲からも同意の声が上がった。
「朝からリネン庫が空っぽよ」
「シーツ運ぶだけで汗だく」
「エレベーターも混んでたしねぇ」
「急いでるのになかなか乗れないんだもの」
「ああ、それは大変でしたね。補充だけでも一苦労だ」
「そうなのよ」
「高宮さんは分かってくれるわねぇ」
「高宮さん、この後一緒に仕事する?」
「勘弁してくださいよ」
咲也が苦笑すると、
女性達が笑った。
不意に
「あ、そうだ」
中村が思い出したように言った。
「今年の薔薇見た?」
「薔薇?」
「屋上庭園」
咲也は首を振る。
「まだ見てません」
「もったいないわよぉ」
「今すごく綺麗」
「写真撮ってるお客様も多いし」
話題は一気に薔薇へ移った。
「白が好き」
「私は赤ね」
「黄色も可愛いわよ」
「今年は当たりよねぇ」
女性たちの話は尽きない。
咲也はお茶を飲みながら聞いていた。
「管理課の田中さんが張り切ってたもの」
「ああ、あの人」
「また休日に様子見に来てたわよ」
「好きなんですね」
「好きなんてもんじゃないわ」
「我が子みたいな顔して見てるもの」
さざなみのように笑いが起きる。
咲也もつられて微笑んだ。
そういえば。
和葉を案内した時、薔薇の花壇に立ち寄った。
あの時はまだ蕾ばかりだった。
『楽しみです』
無邪気に笑っていた和葉の顔が浮かぶ。
——あれから、どうしているだろうか。
「高宮さん?」
呼ばれて顔を上げる。
「はい」
「今の話聞いてた?」
「薔薇の事ですか?」
「違うわよ。その話はもう終わってるわよぉ」
どうやら女性陣の会話は既に別の話題になっていたらしい。
咲也は苦笑する。
そのテンポには、とてもついていけそうになかった。
ふと、気づいて時計を見る。
そろそろ時間だった。
最後の卵焼きを口に入れ、プラスチックケースを閉じた。
「じゃあ俺は戻ります」
「あらもう?」
「忙しい時間だものね。ベルは」
「そうですね」
立ち上がる。
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
「薔薇見に行きなさいよ」
「時間があれば」
返事をすると
「それ絶対行かない人の言うやつじゃない?」
誰かが言った。
どっと笑いが起きる。
女性達の勢いに押されるように、
咲也は苦笑しながら手を上げた。
「失礼します」
休憩スペースを後にする。
久しぶりに賑やかな昼休憩だった。
ーーこういうの懐かしいな。
だが嫌じゃない。
ロビーへ向かう足取りは、
自然と軽くなっていた。
リネンのお姉様方は強い。
高宮さんも少しだけ息抜きできたようです。
次回はロビーへ戻ります。




