第74話 食卓のあとで
今回は桐生家での夕食の続きです。
賑やかな家族の時間の中で、夏希と湊がゆっくり話をするひとときを描きました。
少し笑って、少しほっこりしていただけたら嬉しいです。
夕食を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
リビングではテレビの音が流れている。
今放送されているのは、最新作の仮面ライガーで、清吾がスーツアクターを演じている作品だった。
そのためか、双子のテンションは先ほどから上がりっぱなしだ。
「お父さん!もう一回!」
テレビの中のライガーのポーズをせがんでいる。
「えぇ? さっきもやったよ」
「もう一回!」
「……やって」
双子にせがまれ、清吾が困ったように笑う声が聞こえた。
その賑やかな声を背に、キッチンでは夏希と湊が食器を洗っていた。
「ごちそうさまです。
いつもありがとうございます」
「いいのよ。こうやって手伝ってもらえると助かるわ」
ちらりと清吾の方を見て苦笑する。
「なにせあの人、家事はからっきしだから」
泡を流しながら、夏希が言う。
咲也から少し話は聞いていたので、湊は曖昧に笑った。
「ところで」
「はい?」
「どうなの?」
湊は首を傾げた。
「何がですか?」
「兄さんと一緒に暮らしてるんでしょ」
「はい」
「何もないわけないわよね?」
湊は持っていた皿を危うく滑らせそうになり、慌てて持ち直す。
「えっと……」
慎重に言葉を選んでいると、
「兄さん、迷惑かけてない?」
ーーああ。そういうことか。てっきり、僕は……
勘違いした自分が恥ずかしく、思わず俯いた。
「……いえ」
湊は首を横に振った。
「どちらかというと、こちらが迷惑かけていると思います」
「高宮さんには、お世話になってばかりです」
「毎日ご飯も作っていただいて……何も返せてないのが申し訳ないです」
夏希は食器をカゴに置きながら、片手でひらひらと手を振った。
「いいのいいの。
兄さんは好きでやってるんだから」
「むしろ兄さんにとってはご褒美よ。根っからの世話焼きなんだから。
迷惑なんて全然思ってないから、遠慮なく甘えなさい」
歯に衣着せぬ夏希の言葉に思わず苦笑が漏れる。
「それに」
夏希は小さく笑う。
「兄さん、一人だと自分のこと雑に扱うから」
「湊くんがいてくれると安心なのよ。
私としても」
夏希が笑う。
咲也の顔を思い浮かべ、湊も小さく笑った。
確かに、咲也は人のことは心配する割に、こと自分になると頓着がない。
酔っ払いに殴られそうになった時のことを思い出す。
他の人を巻き込まないよう、自分が殴られて場を収めようとしていた。
あの時、咲也はまったく抵抗しなかった。
そのためらいのなさが、本当に怖かった。
しっかりしていそうで、簡単に壊れてしまいそうな危うさがある。
夏希も、その危うさを心配しているのだろう。
湊は無意識に拳を握った。
ーーだからこそ、守りたい。
「で?」
急に夏希が湊に向けて身を乗り出す。
「その後の進展は?」
「進展……ですか?」
「一緒に暮らしてるんだから」
夏希は悪戯っぽく笑う。
「キスくらいしたんでしょう?」
湊は少しだけ視線を泳がせた。
不意打ちだった。
思わず顔が熱をもつ。
「お?その反応はもしや」
夏希の目がきらりと光る。
湊は目を瞑った。
観念して、口を開く。
「……して、いただきました」
「あら。兄さんやるわね」
「頬に」
一瞬。
キッチンの空気が止まる。
「……頬?」
「はい」
「行ってきますの」
そう答えた途端、急に気恥ずかしくなって少し俯く。
夏希が深く息を吸った気配がした。
「小学生か!
こそばゆいわ!」
思わず響いた夏希のツッコミに、リビングから清吾の声が飛んできた。
「え!? どうしたの夏希さん!」
「何でもない!」
夏希はすぐに返事をすると、小さく額を押さえた。
「兄さん……らしいっちゃらしいけど」
湊はそんな夏希を見て、困ったように笑うしかなかった。
夏希は深く長い息をついた。
そしてキッと顔を上げた。
「あのね、湊くん」
その迫力に思わず半歩下がる。
「はい?」
「もう、湊くんから押していかないと駄目よ」
ビシッと湊を指差す。
「じゃないといつまで経ってもそこ止まりよ」
「兄さん、ああ見えて、っていうか見た通りのヘタレだから」
「はあ……」
曖昧に頷く。
実は、その先も進んでいるのだが……
けれど、それを口にできるはずもなかった。
湊は濡れた手をタオルで拭いた。
「そうですね。でも」
湊は少しだけ微笑む。
「今で十分幸せなので」
その一言に、夏希はぴたりと動きを止めた。
湊を見つめる。
「……」
次の瞬間。
両手で顔を覆った。
「ガッデム!
健気すぎる……!」
「な、夏希さん!?」
「ごめん」
夏希は咳払いを一つする。
「ちょっと役作りしてて、そのキャラが入っちゃったわ」
「びっくりしました……」
湊が胸を撫で下ろした。
一体どういう役なのだろう。
ーー奥深いな。特撮。
まだまだ知らないことは多いと思った。
夏希はくすりと笑った。
「でも、本当に兄さん、幸せ者ね。
大好きな湊くんにこれだけ思われてるんだから」
ぽん、と湊の肩を軽く叩く。
「ふつつかな兄だけど、よろしくね」
思わず口元が緩んだ。
「はい。もちろんです」
夏希の目がわずかに見開き、そしてふっと微笑みに変わる。
「ありがとう」
どこか咲也の面影のある笑顔。
やっぱり兄妹なのだなと思った。
その時だった。
リビングから双子の歓声が聞こえてくる。
「お父さん!」
「変身!」
「しょうがないなあ」
苦笑しながらも、清吾は嬉しそうに立ち上がる。
腰を落とし、腕を大きく振る。
流れるような変身ポーズ。
「変身!」
最後の決めまで、一切ぶれない。
躍動感あふれるポーズだった。
「かっこいい!」
「……かっこいい」
双子が目を輝かせて拍手を送る。
夏希と湊は顔を見合わせ、小さく笑った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
夏希らしい遠慮のない一面や、桐生家の温かな空気を楽しんでいただけたなら幸いです。
次回もよろしくお願いいたします。




