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第72話 頬に残る熱

昨夜の続き。


穏やかな昼のお話です。


カーテンの隙間から差し込む陽射しに、湊はゆっくりと目を開けた。


時計を見る。


もう十二時を回っていた。


昨夜は随分遅くまで起きていた。


久しぶりに、こんなに深く眠った気がする。


隣はもう空だった。


リビングから、何かを炒める音が聞こえてくる。


起き上がって寝室を出ると、キッチンに立つ咲也がこちらを見る。


「ああ。起きたか」


フライパンを揺らしながら、ふっと笑う。


「おはよう」


「……おはようございます」


まだ少し寝ぼけた声で返す。


「もう少しでできるから、顔洗ってきな」


「はい」


洗面所で顔を洗い、戻ってくる頃には、カウンターにサラダと温かなスープが並んでいた。


「昨日の残りだけどな」


咲也が皿を差し出す。


薄焼き卵でふんわりと包まれた、小ぶりなおにぎりだった。


「チキンライスが余ったから包んでみた」


少し照れくさそうに頭をかく。


湊がカウンター席に腰を下ろす。


咲也も向かい側へ回り、席についた。


二人で手を合わせた。


「いただきます」


静かな部屋に、二人の声が重なった。


湊はおにぎりを一つ手に取り、ひと口かじる。


ふわりと卵の香りが広がる。


噛むと、中からとろりとチーズが溶け出した。


思わず目を丸くする。


「……美味しい」


「そうか」


咲也はどこか安心したように笑った。


気づけば皿の上は空になっていた。


スープを一口飲む。

その温かさが喉を伝い、身体の奥へゆっくりと広がっていく。

胸の奥まで、じんわりと満たされていくようだった。


こんな穏やかな昼を、こんなにも幸せだと思える日が来るなんて。


――本当に思わなかったな……


湊は小さく笑った。


食器を片付ける。


静かな時間がゆっくりと流れていく。


咲也は時計へ目を向けた。


「そろそろ行ってくる」


「もうそんな時間ですか」


「ああ」


咲也は、手早く支度を整えると上着を羽織り、玄関へ向かった。


湊も自然と後をついていった。


靴を履き終えた咲也が振り返る。


「そういえば今日、夏希たちのところだったな」


今日は、夏希たちから晩ご飯に誘われていた。

最近は、湊が休みの日にこうして誘われることも多くなった。


「はい。夕方にお邪魔します」


「双子、楽しみにしてるだろうな」


「そうだと嬉しいです」


咲也は穏やかに頷いた。


「清吾くんにもよろしく伝えてくれ」


「はい」


咲也は湊を見つめた。

ほんの少し迷うように、視線を泳がせた。


そして、不意に一歩近づくと、湊の頬へ唇を寄せた。


湊は目を見開いた。


咲也は耳まで真っ赤になって俯いた。


「じゃ、じゃあ、行ってくる!」


逃げるように玄関の扉が閉まる。


静まり返った部屋。


湊は頬へそっと手を添えた。


熱が、まだ残っている。


思わず笑みがこぼれた。


「……行ってらっしゃい」

咲也なりの、不意打ち。


湊の頬には、しばらく熱が残っていたようです。

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