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第68話 何が食べたい?

和葉との再会を経て、少しだけ変わった夜のお話です。


どうぞお付き合いください。


「そろそろ、お暇するよ」


咲也が立ち上がる。


「はい。ありがとうございました」


湊はカウンター越しに頭を下げた。


咲也はそのまま店を出る――かと思ったが、ふと立ち止まる。


「ところで、蒼井くん」


呼ばれて顔を上げる。


咲也はぽりぽりと頬をかきながら、どこか落ち着かない様子で視線を逸らした。


「今日、何が食べたいとか、あるか?」


思いがけない言葉だった。


「……いえ、別に」


湊は首を横に振る。


この時間から食べたいものを言ったところで、食材を買える店もほとんど閉まっているだろう。


何より。


「高宮さんの作ったものは、どれも美味しいですから」


偽らざる本心だった。


咲也は一瞬目を丸くした。


それから、みるみる耳まで赤くなった。


「……分かった」


一度だけ視線を落とす。


「じゃあ、何が出てきても文句言うなよ」


少し早口だった。


湊は小さく首を傾げる。


頬を赤くし、どこか落ち着かない様子の咲也。


そんな姿を見るのは珍しかった。


普段は落ち着いている人なのに。


なんだか可愛い。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「ええ。もちろんです」


自然と笑みがこぼれた。


その笑顔を見た咲也は、今度こそ深く俯いた。


「高宮さん?」


小さく呼ぶ。


「……くそ。反則だ」


弱々しい声が漏れる。


カウンターの向こうで、マスターが肩を揺らして笑っていた。


「青春だねぇ」


くすくすと笑う声に、咲也はますます顔を上げられなくなったようで。


俯いたまま、小さく呟く。


「マスター、勘弁してくださいよ」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は大きな出来事はありませんが、二人の何気ないやり取りを書いていて、とても楽しい回でした。

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