第66話 大きくなったね
いつもありがとうございます。
和葉が帰った後のBar Havenです。
よろしくお願いします。
Bar Haven。
夜も更けた頃だった。
店内には静かな音楽だけが流れている。
湊はグラスを磨いていた。
磨かれたガラスが灯りを映す。
「大丈夫かい、蒼井」
グラスを磨く手を止める。
マスターが気遣わしげにこちらを見ていた。
「ええ」
短く答える。
それから少し首を傾げた。
「マスターこそ、大丈夫ですか」
マスターは大袈裟に目を見開き、胸に手を当てた。
「うん。めっちゃ驚いた」
「もう、心臓が止まるかと思っちゃった」
「気づかれなくて良かったぁぁ」
大袈裟に息を吐く。
湊も小さく笑った。
確かに。
まさか和葉がここへ来るとは思わなかった。
「文子さんから聞いたって言ってましたね」
「ああ。
文ちゃんね。
確かに、こういうの面白がりそうだからなあ」
マスターが呆れたように息を吐く。
「蒼井を離れたって言ってたのにね」
「困った人だよ」
マスターは苦笑いした。
「しかもさ、高宮さん、
『高岡』って呼んでたでしょ、あの子のこと」
「そうですね」
「あの子がその姓を使うなんてね。
どこで知ったんだか」
おどけたように肩をすくめる。
「まあ、でも。
久しぶりに聞いたなあ。
高岡和葉……
懐かしかったよ」
マスターが目を細めて言う。
それから。
「大きくなったね」
ぽつりと呟いた。
湊は静かに頷く。
湊が和葉に最後に会ったのは二年前。
和葉は、まだ二十歳になったばかりだった。
今の和葉は、あの頃よりずっと落ち着いて見えた。
「びっくりしたよ」
マスターが笑う。
「僕が最後に見た時なんて、
まだこんなだったのに」
手で低い位置を示す。
「面影はあるけど、十五年経つともう別人だよねぇ」
湊も少しだけ笑った。
「十五年ぶり、ですか」
「うん。
会いに行くのもしなかったしね。
あの子はもう蒼井の人間だから、迷惑かけるし」
マスターは少し寂しそうに笑った。
「それにしても、
いい子に育ってくれた。
感謝だよ。
君と、あの人には」
湊は静かに首を横に振った。
「いいえ。元々の素養でしょう」
「あの子は優しい子ですから」
和葉は昔から、
他人のことを自分のことのように感じる
感受性の強い子だった。
湊の代わりに泣いてくれたこともある。
再会して改めて思った。
あの優しさは、変わっていない。
去り際に見せた、和葉の笑顔が脳裏によぎる。
……また、泣かせてしまったな。
湊は小さく息を吐いた。
しばらく沈黙が落ちる。
グラスを磨く音だけが続く。
やがて。
「高宮さん」
マスターが口を開く。
「追いかけて行ったよね。アレは」
湊は思わず苦笑した。
「でしょうね」
「ブレないよねえ」
「彼」
湊は俯いた。
「はい」
自分にはできなかったことを、
あの人は当たり前のようにやってのける。
だから。
少し眩しい。
「すごいですよね」
「ん?」
マスターが目を瞬く。
「いえ」
湊は首を振った。
カラン。
扉が開く。
二人同時に顔を上げる。
読んでくださりありがとうございました。
和葉が来たことで、色々な人の時間が少しだけ動いた夜でした。
また次回もよろしくお願いします。




