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第56話 背徳の味

閉店後のBar。

静かな夜の、少しだけ他愛ない時間のお話です。


閉店後のBar。


照明は少し落とされ、

グラスの触れ合う乾いた音が静かに響いている。


咲也はカウンター席に腰掛けたまま、

湊の片付けが終わるのを待っていた。


今夜は仕事終わりに食事をする約束だった。


グラスを片付けながら、

湊がふと口を開く。


「……ルシアンさんって、

どういう人なんですか」


咲也が少し黙る。


それから、

困ったように笑った。


「……メジャー球団にいた頃のオーナー」


「まあ、

世話にはなったけど」


言葉を探すように、

手元に視線を落とす。


「なんていうか……

ちょっと苦手な人、かな」


湊は静かに聞いている。


「距離が近いんだよ。

やたらスキンシップ多いし」


咲也が肩をすくめる。


「……あのテンション、

七年の間に落ち着いてるといいんだけど」


咲也がため息をつく。


「黒崎オーナーのあの感じだと、

変わってなさそうだなあ」


湊が静かに聞く。


「黒崎オーナーとも、

昔からの知り合いなんですね」


「んー……

まあ、それは俺が話すことでもないし」


咲也が苦笑する。


「多分、

そのうち分かるよ」


その時。


どちらからともなく


ぐう、と腹が鳴った。


一瞬、

沈黙。


それから。


咲也と湊、

ほぼ同時に視線を合わせ、

笑った。


「腹減ったな」


「ですね」


「帰りどこで食べましょうか?」


話を振ると、

咲也がわずかに目を輝かせる。


「そしたらさ、ラーメン食べに行かないか?

この間通りで見かけたんだけど。

ニンニク醤油の旨そうな店。

気になってたんだ」


「この時間にニンニクラーメンなんて、背徳の味、ですね」


「だろ。だから余計に美味そうだろう?」


無邪気に笑う咲也に、頬が緩む。

時々見せる子どもっぽい表情がたまらなく好きだ。


しかし素直に本人に言うのも照れ臭くて。


「高宮さん、そういうところ若いですよね」

口をついたのはからかいの言葉。


「うるさい」


咲也が笑う。


空気が和らぐ。


気になることはあるけれど今はこの時間を

もう少しだけ、

大切にしたいと、

そう思った。

ここまで読んでくださりありがとうございました。


深夜のラーメンって、

なんであんなに魅力的なんでしょうね。


静かな夜ですが、

少しずつ何かが動き始めています。

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