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第52話  不器用な祝福

今夜のBar Havenは、少しだけ騒がしいです。

不器用な男たちの、不器用な祝福の夜。


Bar Haven。


『本日貸切』


扉の前で、

咲也は足を止めた。


「……珍しいな」


小さく呟く。


まあ、

たまにはこういう日もある。


踵を返しかけた、そのとき。


『ちょっと待った!』


背後から声。


次の瞬間。


ぐい、と腕を掴まれた。


「うおっ!?」


振り返る。


レオンだった。


「な、なん――」


『サクヤ逃げるな!』


『は!?いったい何を……』


聞き終わる前に

半ば引きずるように、

そのまま店内へ連行される。


『おい!離せ!』


低い照明の奥。


カウンターとテーブル席には、

見覚えのある顔が並んでいた。


レオン。


マイク。


トム。


ジェイク。


そして、カウンター席の奥に神代が座っており、こちらを見てため息をついた。

隣に座る黒崎がそんな神代を見て苦笑している。


思わず後ずさる。


「……なんだこれ」


レオンが手にしたグラスを掲げて笑う。


『ようこそ』


『パーティへ』


『え?』


湊はカウンターの中で、

静かにグラスを磨いている。


視線だけが、

少し困ったようにこちらを見た。




しばらくして。


グラスが全員に行き渡る。


レオンが立ち上がった。


無駄に姿勢がいい。


レオンは満面の笑みだった。

周囲を芝居がかったように見渡して。

グラスを掲げる。


『それでは、本日の主役!』


「コウタロウ・カミシロ!」

ビシッと手で示す。

神代は疲れたように息をついてチラッとだけこちらを見た。テンションについていけないとでも言うように。


そして

レオンが、マイク、トム、ジェイクに頷く。

彼らも頷き返し。

四人が息を吸い、


「「「「シツレン」」」」」


「「「「オメデトウ!!」」」」

綺麗な日本語だった。


『いや。めでたくねえよ』


即座に神代が返す。


ツッコミに構わず続けて

「「「「コウタロウノシツレンニ!」」」」


四人が声を揃える。


妙に発音だけ綺麗だった。


「「「「カンパイ!」」」」


『やかましいわ』


グラスの重なる音。

文句を言う神代にグラスを合わせて、肩を組んでレオンが笑う。

マイクに至っては腹を抱えている。


トムは笑いながらジェイクとグラスを合わせ

ジェイクは合わせた後、静かにグラスを煽った。


レオン達は満足そうに頷いた。


『“シツレン”難しかったな!』

マイクも頷いて、自慢げにサムズアップする。

『いっぱい練習したぜ!』


『しっかし、カズヤの発音チェックは厳しかったなぁ』

トムが笑って言う。


『ありがとなー。カズヤ』


レオンが手を振ると、黒崎が応えるように振り返す。


神代が黒崎を睨みつける。

「お前まで……何やってんだ」


「すいません。熱意に押されまして……」

口を押さえ笑いを堪えながら言っているので説得力がまるでない。


『ったく。

お前ら、なんでそういう方向にだけ努力すんだよ……』

深くため息をつき神代が言う。


ちっとも嬉しくない努力だった。


ーーって言うか、俺ここいて良いのか?

ーー失恋って言ってなかったか


先日、神代に告白されて振ったのは、咲也自身だった。


ーーやっぱり、残念会してもらうかな



冗談めかして神代が言っていたことを思い出す。それが今のこれのようだ。

多分、本人の思っていたのとだいぶ違うようだが。


しかし


ーーこれってすごく気まずいな。


湊もなんとなく察したようで、気遣わしげにこちらを見ている。


『お前ら絶対楽しんでるよな……』


神代が顔を歪めて、苦々しげに面々を見る。


『もちろん!』

レオンとマイクが顔を見合わせ、ニカッと笑う。

元スター選手らしく爽やかな笑みで。

サムズアップし


『すっげー楽しい!!』


『最低だな』


『お前ら……普通こう言うの慰めるもんなんじゃないのかよ。

しかも咲也まで巻き込んで……』


『だって、その方がいいだろ』

マイクが笑いながら言う。


『傷は思い切ってさ、広げちまった方が治りが早いぜ』

笑顔で言われる辛辣な言葉に。

絶句する神代。

咲也も思い出していた。

マイクはお調子者であり、かなりの皮肉屋でもあったと。

彼の言葉は、かなり痛いところに響くのだ。



そのとき。


レオンが、

ぱっと顔を上げた。


『でも!』


『サクヤはハッピー!』

咲也は眉を寄せる。


なんだか嫌な予感がする。


レオンは、再びグラスを掲げて

「サクヤト、ミナトニ!」


他の三人も続く。


「「「カンパーイ!」」」


咲也が眉を寄せた。


「……なんで俺たちの名前?」


隣で。

湊も小さく首を傾げている。

次の瞬間。


「「「「ケッコンオメデトー!」」」」


ぶふっ。


咲也が盛大に酒を吹き出した。


「げほっ、ごほっ……!」


「サクヤ!」


「Oh no!」


外人組が爆笑する。

『何言ってんだお前ら!!』

思わず叫んでいた。



「ちなみに俺が監修しました」


黒崎がしれっと言う。


「お前、何やってるんだよ……」


頭痛がする。咲也はこめかみを押さえた。

その横から。


「高宮さん」

湊が静かにタオルを差し出す。

湊の顔が赤い。

視線は逸らされたまま。


「あ……悪い。ありがとう」


気まずい思いで受け取りながら、咲也は深くため息をついた。

レオン達はまだ笑っている。


『……治るどころか塩塗ってんじゃねえか。傷口に』

深く息をつきこめかみを押さえる神代に。


マイクが笑いながら肩をすくめる。


『でもいいじゃん!』


『コウタロウも結婚しただろう!』

一瞬。

空気が止まる。



『ま。すぐ離婚したけどさ』

さらにトドメを刺す言葉。



神代は、深く深く息を吐き。

『……お前、俺になんか恨みでもあるのか』

唸るような低い声。


『へえ、怒ったの?

なんか気に触ること言ったかぁ』

マイクも面白そうに笑う。挑戦的な小馬鹿にしたような顔。

久しぶりに、見た。マイクが怒った時の顔。


ーーでも、なんで。


レオンが、少しだけ困ったように笑った。

『マイク、言い過ぎだ』


マイクは何かを言いかけ、不貞腐れたような顔をして視線を逸らす。

『だってお前』


『俺たちがどんだけ、心配したと思ってんだよ』


『いきなり引退した咲也も。その後のコウタロウも』

『見てらんなかった』

『少しくらい、言ってもいいだろうが。

このわからずやどもに』

ブスッとした顔で腕を組む。


その肩をポンっと叩き、レオンは笑った。

『悪いね。マイクはお前たちのこと、大好きだからさ。どうしても言いすぎちゃうみたいだ』


『まあ。許してやってくれ。

これでもほっとしてるんだよ。俺らは』

トムが言う。


ジェイクがうなづく。


レオンが神代に視線を向ける。

『ちゃんと好きだったじゃん。サクヤのこと』

静かな声。


『言えたんだろ』


『んで』

咲也に視線が向く。

『サクヤも今幸せそうだ』


『だから、まあ……』

『完全なバッドエンドでもないだろ』

グラスを飲み干してウィンクする。


『だから、バカやって騒いでまた元通りさ。あの頃に戻るだけ』


神代はしばらく黙っていた。

それから、小さく笑う。


『……不器用なんだよ、お前ら』


『お前もな』


マイクがにやりと笑って返す。


『まあ、そうだな』


神代が小さく息を吐く。


『お前らは、いや、俺たちはそうだったな』


レオン達は悪びれもしない。


「We love you!」

ーー愛してるぜ、コウタロウ!


『だから祝う!』

マイクが続ける。

『失恋・結婚』


『前半祝うのおかしいだろ……』


神代は呆れたように笑った。


それから。


ちら、と咲也を見る。


ほんの少しだけ、

困ったような顔。


『……まあ、おめでとう』


複雑そうな声だった。


咲也は一瞬固まる。


『え……いや』


言葉に迷う。


『あ、ありがとう……?』


戸惑ったように返す。


数秒。


レオン達が顔を見合わせた。


『……なんだこいつら』


『かわいいな!?』


『ティーンかよ!』


「Forty-five, right!?」

ーーその反応で45!?

驚いたようにいうマイクに。


「うるせえ!!」


神代が即座に返す。



『はっはっは』

トムが手を叩いてバカ笑いする。


咲也は、

ひどくなる頭痛に、再びこめかみを押さえた。


「なんなんだよ今日……」


そのとき。


カウンターの向こうから、

低い声が飛んだ。


「Easy, gentlemen.」

ーー少し静かにねぇ、みんな


ぴたり。


三人が止まる。


「「「Sorry.」」」


綺麗に揃った。

終始静かな、ジェイクだけはマイペースに飲んでいる。


マスターは、

グラスを磨きながらため息をつく。


「騒ぐなら出禁にするよぉ」


穏やかな声。


けれど、

口元は少しだけ笑っていた。


しばらくして。


騒ぎは少し落ち着き、

酒が進む。


ジェイクが、

静かにグラスを持ち上げた。


「……良かったな、サクヤ」


「幸せなんだろ」


短い言葉。


からかいはない。


咲也は少しだけ目を丸くして。


それから、

小さく笑った。


『ああ。ありがとう』


素直に受け取れた。


一瞬。


周囲が静かになる。


次の瞬間。


『なんでジェイクには素直なんだよーーー!!』


マイクが叫んだ。


そして、マスターを見て

「スイマセン」と日本語で謝りつつ、トーンを抑えた声で


『俺にももっとそういうのくれよ!』

マイクが両掌を上に向けたまま、

「もっとくれよ」とでも言うように、指先をくいくいと自分の方へ動かす。


『日頃の言動を振り返って言え』


即座に返す咲也。



その横で。


神代が酒を飲みながら、

ぼそっと呟く。


『……まあ、今回はマイクの意見に賛成だな。

俺もそれはちょっと思う』


『お前もかよ』


咲也が呆れて言うと。


レオン達がさらに笑い出した。




トムが、

グラスを傾けながら、

しみじみ呟く。


『……こういうのも、懐かしいな』


レオンが頷く。


『そうだなあ』


それから、

にやっと笑った。


『でもその言い方、じいさんみたいだぞ』


『バカ言え』


ムスッとして。


『俺は永遠の30代だぞ』


『無理ある!』

レオンがキッパリ。


『腹出てる!』

マイクが指差す。


『うるせえ!』


また笑いが広がる。




マイクが、

すっと咲也へ身を寄せた。


にやにやしている。


『……で?』


『あ?』


『もうやったのか?お前ら』


『は!?』


顔が熱い。


『おま、何を――!』


『キス?』


『それとも、セ……」


『やめろ!!』


マイク大爆笑。


レオン達も笑っている。


カウンターで


湊だけが、

静かに瞬きをした。


「……?」


「……何の話ですか?」


言葉を失う。説明できるはずもない。


「……お付き合いおめでとうって言ってる」

助け舟を出すように神代が言う。その顔は渋面だ。


「ああ。そうなんですか。

それはどうもありがとうございます」

照れたように笑い

ぺこりと頭を下げる湊に。


何も言えず咲也はカウンターに突っ伏した。


黒崎がくくっと笑う。


レオン達がさらに笑い出す。


神代はどこか哀愁の滲む声で、


「俺の残念会とか言ってなかったか……

それなのに、傷口に塩塗られた上に、その上これ俺の奢りとか

すごいな、今日……」

呟く。


うつ伏せた状態からチラッと見上げると、神代が複雑そうな顔をしていた。


いつの間にかテーブルから歩いてきたジェイクがぽんと肩を叩く。


『ご馳走さん』


『うるせえよ』


神代の悪態に、黒崎が吹き出す。


「もう本当に。賑やかだねえ……まあ今日だけはいいかね。貸切だし。水さすのも野暮だ」

マスターも苦笑いしつつ、グラスに酒を注いでいる。


「まあでもよかったね。高宮さん。いい友達いるんだね」


「友達……ですかね。これ」

上体を起こして、複雑な思いでいう。


「そうよ。いやあ懐かしいね。僕にもいたよ。昔ね」


「……今はいないけど」


その瞳が揺らぐ。

しかし次の瞬間にはいつものマスターだった。にかりと笑って。


「ま、大切にしなさいね。友は得難いよ」


「はい」


「あと、結婚おめでとうね」


「マスター……勘弁してください」


神代のダメージも相当だったろうが、咲也のダメージもかなりのものだった。


湊は、顔を俯けてグラスを拭いているため、その表情は窺えなかった。


神代、本当にお疲れさまでした。

なお、お会計は本人負担です。

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