第51話 社食のフライ
今日は、アストラの社食回です。
うまいご飯と、
世話焼きな人たちの話。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
社食。
フライ定食を前にして。
毎回思うが、ここのフライはうまい。
サクサクとしていて、それでいて油っこくない後味。
油なのか、技術なのか。
家でも再現できないものか。
ーー蒼井くんに食べさせてやりたいな。
そんなことを考えながら、フライをかじる。
サクッ、とした食感。
「うまいな」
思わず漏れる。
「うまいですよね」
声が聞こえ、見上げる。
司がトレーを持って、こちらを見ていた。
「ここ、いいですか?」
「ああ」
向かいに座る。
そのトレーに乗っていたのは、焼肉定食だった。
視線に気づいたのか、司が苦笑する。
「フライも好きですけど、今日は肉の気分で」
まあ、食べ盛りの若者らしいチョイスだ。
無言で食べ進める。
サクッ、と音がする。
やっぱりうまい。
――どうやってるんだ。
温度か。
衣か。
油か。
⸻
「真剣な顔ですね、先輩。どうしたんですか?そんなにフライ見つめて」
面白そうに言う司に、ハッと我に返る。
「いや。なんでもない」
フライの再現方法を模索していた、なんて言える訳もない。
適当に濁す。
「そう言えば、どうだ?」
「新人の……佐久くんと、うまくやれてるか?」
司は「ええ」と頷く。
「おかげさまで。
少しずつですけど、ビビらないで聞いてもらえるようになりました」
司が肉を頬張りながら言う。
「それは良かった」
「ここ連れてきて良かったですよ。
あいつ、カップ麺ばっか食べてるんで」
「そうなのか」
「ええ」
気のせいだろうか
最近、とてもよく似た話を聞いた気がする。
脳裏をよぎる恋人の気まずそうな顔。
司は咲也の複雑な思いを知らず、続ける。
「最初、“こんな量食えない”って、文句言ってたんですけど、結局完食してたし」
「そうか」
小さく頷く。
「陽子さん、勝手に大盛りにするしな。
食べ盛りには嬉しいよな」
陽子が言うには、若い子を見ると、いっぱい食べてほしくて、つい大盛りになってしまうらしい。
頼んでなくても大盛りだ。
若い司も。
何故か若くない咲也も。
――俺、食べ盛りじゃないのにな。
断るのも野暮で、そのまま食べている。
もちろん残すことはしない。
スタッフの話し相手にもなってくれて、面倒見も良い。
人生相談をしている者もいるらしい。
気安く話せるホテルの癒し。
まさに、お母さん的存在である。
そんな陽子さんの人柄と美味しいご飯に惹かれて、社食に通うスタッフは多い。
休みの日にわざわざ食べに来る者もいるくらいだ。
人情味のある、温かいこの場所が、咲也は好きだった。
――蒼井くんも連れてこれればいいんだが。
バーはテナント。
職員用の食堂は使えない。
先だってのバーの飲み会で、陽子の唐揚げを食べたと言っていた。
咲也も土産にもらって食べたが、美味かった。
だが、このサクサクのフライも食べさせてやりたい。
だから、つい、再現方法を考えてしまう。
⸻
司が味噌汁をすすりながら、ふと口を開く。
「しっかし、あいつ」
司がため息をつく。
「ろくなもん食べてないんですよね」
「そうなのか」
まだ短い付き合いだろうに、よく見ているなと思う。
「インスタント作って食べるのはいい方で、作るのさえ面倒で食べない日もあるんですよね」
肩をすくめる。
「俺は毎食おばちゃんの飯食って元気ですけどね。
作るの面倒ならそうすりゃいいのに、休みの日にここまで来るのがめんどくさいって」
「あれ?彼、社員寮じゃなかったか?」
寮はホテルから徒歩五分のマンションだ。
司もそこを利用している。
「はい。
その数分がめんどくさいんです、あいつ。
筋金入りのインドア派ですよ」
「すごいな」
そこまでいくと呆れを通り越して感心の域である。
しかし、ふと心配になる。
「そのうち倒れるんじゃないか」
めんどくさいで食事を削っているなんて。
「いざという時のためにエネルギーバーがたくさんあるんで大丈夫。だそうです」
「いや。大丈夫じゃないだろ」
本当にどこかの誰かを彷彿とさせる。
そしてやっぱり司は詳しいなと思った。
咲也は2年してようやく湊の食事事情を知ったのだが。
若い子は打ち解けるのも早いのだろうか。
そういえば。
おどおどとこちらを見上げる、メガネ越しの目。
その下には、うっすらクマがあった。
「ちゃんと寝てるのかな」
呟きを、司が拾う。
「いえ。パソコンしたいから、睡眠時間削ってるそうです。正直食べる時間も勿体無いんですって」
「おいおいおい」
思わず頭を抱える。
無駄を削る湊も大概だが、やりたいことのために、体調を削る佐久もかなりのものだ。
ため息をつく。
ーーあんまりおせっかいは言いたくないんだが
「司くん」
「はい」
「勤務中は食堂連れてきな」
「あと、ここ弁当もあるだろ」
「おにぎりとか頼めばいい。持ち帰らせな」
パソコンやりながらでも
おにぎりなら食べられるだろう。
「俺も陽子さんに頼んでおくよ。
佐久君のこと」
陽子に声をかけておけば安心だ。
あの人は、放っておけないタイプだから。
あるいはもうすでに気づいているかもしれないが。
「俺も気にかけとく」
少し考える。
「……あとは、睡眠時間をどう確保するかが、今後の課題か」
司が、ぽかんとする。
それから。
ぶっと吹き出した。
「……なんだ」
「いや」
笑いをこらえながら言う。
「先輩、完全にオカンですね」
「は?」
「世話焼きってことです」
「それは陽子さんだろ」
「おばちゃんもですけど、先輩もですよ」
首をひねる咲也を見て、司が笑う。
「その無自覚がまた、って感じですけど」
さらっと言う。
「そこ、先輩の魅力ですし」
軽くウィンクする。
「そういうとこ、好きですよ」
「はっ!?」
思わず声が出る。
視線が集まる。
「あ、いや」
慌てて声を落とす。
「何言ってんだ」
少しだけ言葉が崩れる。
「好きですよ」
司は、平然と続ける。
「田舎のお袋思い出します」
司が無邪気に笑う。
力が抜ける。
「なんで母親なんだよ」
小さく呟く。
どいつもこいつも。
――せめて、父親だろ。
心の中で思う。
ヤケクソ気味にフライをかじる。
サクッ、と音がする。
フライは、やっぱりうまかった。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
咲也はたぶん、
ずっと「父親寄り」だと思っています。
でも周りから見ると、
だいぶオカンなのかもしれません。




