第50話 やわらかい朝
少しずつ、
“当たり前”が増えていく朝の話です。
湊は、
ゆっくりと目を開ける。
カーテンの隙間から、
やわらかい光が差し込んでいる。
桐生家。
朝。
リビング。
ソファ。
TVは小さな音で、朝の天気予報を放送している。
少しだけ遅れて、
状況を理解する。
そのまま、
眠ってしまったらしい。
隣には
咲也が、眠っている。
規則正しい呼吸。
力の抜けた表情が、目に入る。
思わず頬が緩む。
――最近、目覚めがいい。
咲也と、
一緒に寝るようになってからだ。
視線を落とす。
そっと、
手が触れている。
ただ、
添えられているだけ。
けれど、
それだけで、
胸の奥がじんわりと暖かくなる。
ほんの少しだけ迷って、
体を預けるように、肩に頭を乗せる。
温かい。
静かに、その体温を受け止める。
ーーこんなふうに穏やかな気持ちで朝を迎えられるなんて、知らなかった。
そっと目を閉じる。
が、気配を感じて身を起こす。子ども部屋からだ。
「さくちゃーん!」
大声とともに
どたどたと響く足音、二つ。
勢いよく扉が開く。
「キャッチボールしよ!」
海斗が咲也に飛びつく。
「……やりたい」
少し遅れて、陸斗が続く。
咲也が、ゆっくり目を開ける。
「……ん」
少しだけ眉を寄せる。
「……おはよう。元気だな」
体を起こしながら、
あくびをする。
「さくちゃん、行こ!」
海斗が身を乗り出す。
「……キャッチボール」
陸斗も、短く続く。
咲也は一瞬だけ考えて、
首を横に振る。
「……仕事だ」
短く言う。
それから、
「お前たちは学校だろ」
「えーーー!」
海斗が声を上げる。
「ちょっとだけ!」
「……だめ?」
陸斗が少しだけ見上げる。
「ダメだ」
間を置かずに返す。
「キャッチボールは、また今度な」
双子は顔を見合わせる。
少しだけ不満そうにしながらも、
「約束だからね!」
「……約束」
「ああ」
咲也が軽く手を振る。
「ご飯作るから、顔洗ってきな」
パアッと顔が輝く
「顔洗ってくる!」
「……洗う」
双子はそのまま駆け出す。
バタバタと遠ざかる足音。
咲也は、それを見送ってから、
小さく息を吐く。
「さて、作るか」
伸びをして、立ち上がる。
「手伝います」
湊も一緒に立ち上がろうとすると制される。
「蒼井くんは、もう少し座ってな。眠いだろ」
咲也の中で、湊は朝が弱いと定着しているらしい。
最近は目覚めも良くて、そんなこともないのだが、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。
キッチンへ向かう咲也の後ろ姿を見つめる。
冷蔵庫を開ける音。
鍋を火にかける音。
ベーコンの焼ける音と匂い。
卵を割る音。
双子が戻ってくる。
キッチンを覗き込む。
「さくちゃん、なに作るの?」
「目玉焼き。あと適当にな」
「やったー!」
「……めだまやき」
双子がぴょんぴょん飛び跳ねる。
「こら。静かに待ってな」
双子に注意しながらも
リズムよく、
手が動く。
無駄がない。
湊は、
その様子を見ている。
どこか、
落ち着く光景だった。
湊も顔を洗うように促され、戻ってくると
いつの間にか、
テーブルには朝食が並んでいた。
目玉焼きに焼いたベーコン。付け合わせのレタス。味噌汁。ご飯。
「先に食べてていいぞ」
キッチンで作業しながら咲也が言う。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
食卓が一気に賑やかになる。
湊も手を合わせて
「いただきます」
礼をする。
こう言うのもまだ慣れない。
1人で食べていた時は本当に食事と言うよりも必要最低限の欲を満たすと言う感じだったから。
みんなで一緒にいただきますを言うことがこんなに賑やかでワイワイしてくすぐったいなんて思わなかった。
子ども部屋の扉が開く。
「……いい匂い」
子どもたちに大分遅れて、
清吾が出てくる。
髪も少し乱れている。
目が開いてない。
「寝るな、清吾くん」
「起きてます」
しかし動きはどこか鈍い。
少しして
ぽつりと
「……困りました」
「目が開きません」
咲也はため息をつく。
「顔洗ってこい」
「はい」
ヨタヨタしているのに、
不思議と洗面所にはぶつからずに辿り着く。
戻ってくる頃には、
その目はパッチリと開いている。
寝癖はそのままだった。
「おはようございます」
「おはよう。清吾くん」
「おはようございます」
咲也に続き湊も挨拶する
双子も食べながら
「おはよー、おとうさん」
「……おはよう」
「こら。
口の中入れたまま喋るな」
即座に咲也に注意される。
清吾はその様子に笑い
「美味しそうだね」
そのまま歩いて左手で椅子を引く。
湊の視線に気づいて、清吾が気まずそうに笑う。
「もう、大丈夫ですよ。恥ずかしいところ見せちゃいましたけど」
左手を軽く動かして見せる。
中空を掴み素早く引き寄せる。
ヒュッと風を切る音。
思わず目が引き寄せられる。
瞬発と静止の計算された
魅せるアクション。
そして、どこか、見覚えのあるクセ。
双子が声を上げる。
「お父さん、カッコいい!」
「……動き、キレイ」
「え!そう、そんなにカッコいい。キレイ?湊くんより?」
調子に乗って変身ポーズと取ると。
「それは別」
「……湊くんの方が、止め、ハネキレイ」
「ええええ……なんで……本人なのに」
涙ぐむ清吾に、苦笑いする湊。
「おい。遅刻する。
とっとと食べろ!」
咲也の一喝に
ハッとしたように我にかえる清吾と双子達。
清吾は慌てて席につき。
ピシっと姿勢を正して手を合わせ
「いっただきまーす」
元気な声が響く。
双子も父を真似て、声を揃える。
「「いっただきまーす」」
息の合った親子3人の動きに、思わず頬が緩む。
湊も静かに手を合わせ
2回目のいただきますを言った。
やがて。
「ごちそうさまでした!」
双子の声が響く。
すかさず咲也が言う。
「……歯、磨いてこい」
「えー!」
「早く」
短く言う。
「はーい……」
「……はーい」
バタバタと動き出す。
「清吾くんも」
「は、はい!」
慌てて洗面所に向かう。
そこから先は慌ただしく着替えを終えて。
ランドセル。
靴。
玄関先。ビシッと決めた双子を見下ろして
「忘れ物ないか」
「はい!」
敬礼する双子。
動きがバッチリ合っている。
「ハンカチ」
「ある!」
「ティッシュ」
「……ある」
陸斗が少し慌てたようにポッケを確認して言う。
「宿題」
「……やった」
「……やった…」
何故か咲也から目を逸らす双子。
咲也は怪訝そうな顔をしながらも頷く。
「よし。いってらっしゃい」
送り出す。
「いってきまーす!」
「……いってきます」
小さな体でドアノブを捻り
飛び出していく。
ゆっくり扉が閉まる。
静けさが戻る。
咲也が振り返る。
「……清吾くん」
咲也達と一緒に手を振っていた清吾はきょとんとする。
「はい」
「学校まで送ってくんだろう?」
「…あっ!はい!」
上着を掴む。
「行ってきます!」
「鍵、持ってるか?」
「大丈夫です!」
慌ただしく出ていく。
再び静けさ。
咲也は、小さく息を吐く。
2人で食器類を片付けて、ようやく一息つく。
「……じゃあ、俺達も出るか」
「はい」
咲也は、ポケットからキーケースを取り出した。
玄関へ向かう途中、
ふと立ち止まる。
「……蒼井くん」
「はい」
「仕事まで時間あるだろ。帰ったら寝ときな」
それから、
「あとこれ」
差し出す。
「さっき作った。簡単だけど、昼ごはん」
レジ袋。
中には、ラップに包まれたおにぎり。
湊は、内心驚きながら
受け取る。
温かい。
「……ありがとうございます」
――まあ、愛されてるってことだな。
マスターの言葉が、ふとよぎる。
体の内側が、じんわり温かい。
――まただ。この感覚。
戸惑っていると、
咲也はハッとした顔をして
「あ。今日は海苔直巻きにしたけど、もしかして嫌だったか」
焦って言う咲也に
「咲也さんって……」
「ん?」
思わず、
口をついて出た。
「……なんか、お母さんみたいですね」
「は?」
咲也のあっけに取られた顔。
やがて大きくため息をつき
こめかみに手をあて
「おい、蒼井くん。昨日の今日で、それはないだろ」
少しだけ情けない声。
湊が、ふっと笑う。
空気が、やわらかく広がっていく。そんな気がした。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
「いただきます」がある食卓って、
やっぱりいいなあと書きながら思いました。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです




