第5話 背伸び
仕事終わりの、少しだけ柔らかい夜の話です。
Bar Haven。
夜。
低い照明。
静かな音楽。
グラスの触れ合う小さな音が、
店の奥へゆっくり流れている。
「いらっしゃいませ」
「高宮さん。お疲れ様です」
湊が軽く頭を下げる。
その声は、
少し柔らかく聞こえた。
「今日は、もう1人連れがいる」
「連れ、ですか?」
湊が首を傾げる。
その後ろから、ヒョコっと覗く顔。
「こんばんはー」
「後輩の司君だ」
パーカーに黒いパンツ。
仕事中とは違う、
ラフな格好。
「初めまして。ベルスタッフの司です」
ぺこりと頭を下げる。
蒼井もぺこりと
「初めまして。バーテンダー見習いの蒼井です」
礼儀正しく返す。
「俺は、店長の高崎です。よろしくねー」
マスターだけ軽い。
不思議なやりとり。
飲みにきたのに仕事に来たみたいだ。
思わず苦笑する。
咲也は、いつものようにカウンター席につく。
後ろから着いてきた司はキョロキョロと周囲を見回しながら、咲也の隣に腰かける。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
「なんか、思ってたよりすげえ落ち着いてる……」
「どう言う想像してたんだよ」
咲也が笑う。
「いや、もっとこう……ゴージャスで派手なバーン!キンキラ!って感じの」
司は身振りを交えて説明する。
「イメージでした」
フンと胸を張る。何故か得意げだ。
「それじゃ、ウチのイメージから外れるだろ」
「そうですね。確かに
ウチ、静かなホテルですもんね」
「でも。なんか、思ってたのと違いました」
「1人で来るの怖かったから先輩に連れてきてもらったけど……」
「こんな格好でも入れるんですね」
自分の身なりを示して司。
カウンターの奥で、
マスターがくすりと笑った。
「もちろんだよ」
穏やかな声。
「気楽に来てもらって良いんだよ。ホテルの子達もよく来るしね。ただし、騒ぐのは禁止ね。他のお客さんがビックリするからさ」
ウィンクする
ことり、と水が置かれる。
「何飲みたい?」
マスターが聞く。
「うーん……」
司は少し考えてから、
ぱっと顔を上げた。
「じゃあカクテルを」
「うん」
「俺のイメージで作ってもらえますか?」
少しだけ間が空く。
それから司が照れたように笑う。
「一回言ってみたかったんですよね、これ」
思わず咲也が吹き出した。
「背伸びしてんなあ」
「いいじゃないの。おじさん初々しい若者にキュンキュンしちゃったよ」
マスターは楽しそうに笑いながら、
酒瓶へ手を伸ばす。
氷の音。
シェイカーの音。
静かな動き。
やがて、
淡い色のカクテルが司の前へ置かれた。
「どうぞ」
「うわ、すげえ……」
グラスの中で、淡い琥珀色が静かに揺れる。柑橘の香りが、ふわりと立ち上った。
司は恐る恐る口をつける。
それから、
ぱっと顔を上げた。
「うまっ」
素直な声。
目をキラキラさせてマスターを見る。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
マスターが楽しそうに笑う。
その横で、
湊も小さく口元を緩めていた。
その空気を眺めながら、
咲也はグラスを傾ける。
「なあ、司くん」
「はい?」
「佐久くんとはどうだ?」
司は途端に眉を寄せた。
「いやあ……」
ため息混じり。
「仕事頑張ってるのは分かるんですけど、相変わらず空回りしてますね」
「あと、昼飯誘おうと思ってるんですけど」
グラスを持ったまま、
首を傾げる。
「気づいたら消えてるんですよ、あいつ」
咲也が苦笑する。
「なんすかね」
司は右拳を左手に打ち付ける。パシンと良い音がする。
「そんなに俺と関わりたくないのかなあ」
「良い度胸してますよねえ」
明るく笑っている。
なのに、
なぜか圧がある。
「いや……」
咲也は肩をすくめる。
階段でのやりとりを思い出す。
あの時うなずいた佐久の気持ちに、嘘はなかったと思う。
司が顔を上げる。
その目を見て続ける
「君と関わりたくないって言うより……なんか、緊張するのかなあ。あの子」
言ってるうちにちょっと自信が無くなってきた。
司は少し黙る。
それから、
ふっと笑った。
「……そうっすね」
グラスを軽く回す。
「じゃあ今度、首根っこひっ捕まえて社食まで連れていきます」
「お手柔らかにな」
「努力します」
軽い笑い声。
Bar Havenの夜は、
静かに更けていく。
その空気は、
どこか少しだけ、
いつもより柔らかかった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
Bar Havenは、
ホテルの人たちが少し肩の力を抜ける場所なのかもしれません。
感想など頂けると嬉しいです。




