第48話 悪くない夜
対決のあと。
賑やかな桐生家の夜です。
桐生家。
玄関の扉が開く。
「ただいまー!」
海斗が先に飛び込む。
「……ただいま」
少し遅れて、陸斗が続く。
「……お邪魔します」
湊が頭を下げる。
その後ろから、
咲也と清吾が続いた。
「相変わらず賑やかだな」
咲也が靴を脱ぎながら言う。
「元気なのは良いことです」
清吾が胸を張る。
けれど、小さく呻いて
腕を押さえる。
咲也はそれを見て、
息を吐いた。
「クーリングだな」
「……はい」
気まずそうに頷く。
「まず、風呂の準備するから、先に入ってこい」
「あと、海斗、陸斗。お父さんは左手痛いから、体洗うの手伝ってやれ」
「はーい!」
双子はビシッと敬礼する。
それを見て、
清吾が口元を押さえる。
「いつの間にか……こんなに立派になって……」
うるっと目を潤ませる。
「うちの子達が……尊い……」
咲也は苦笑しながら、
彼らを風呂へ送り出した。
浴室の扉が閉まる。
少しだけ、
家の中が静かになる。
台所に立つ咲也。
当たり前のように、夏希のエプロンをつける。
湊は上着を脱ぐ。
「手伝いますよ」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、タッパー洗ってもらおうかな」
ランチバッグから出したタッパーを渡す。
「分かりました」
洗ってもらっている間に
冷蔵庫を覗きながら答える。
「今日はパスタにするか。嫌いなものあるか?」
「大丈夫です。
サラダ作りますか?」
洗い終え、手を拭きながら湊が言う。
「ああ。頼む」
慣れた手つきでボウルを取り出す湊。
水の流れる音。
包丁のリズミカルな音。
どこか落ち着いた空気が流れる。
すっかり馴染んでいる湊を見て、
これを見たら、清吾くんはきっと落ち着かないだろうな。
そんなことを思う。
手を動かしたまま、
咲也は視線だけを湊に向ける。
「蒼井くん、あいつら出てきたら風呂入んな。着替えは客間にあるから」
「はい。いつもすいません」
湊は軽く頭を下げる。
客間には、
泊まりに来るとき用の着替えが、いくつか置かれている。
咲也はそれを当たり前のように思い浮かべる。
その隣で、
湊の手が、レタスとトマトを静かに和える。
出来上がったサラダにラップをかけ、冷蔵庫にしまう。
浴室の方から、騒がしい声が上がる。
「じゃあ、そろそろ俺も行ってきます」
「ああ、ゆっくりしてきな」
湊は軽く会釈して、客間の方へ向かう。
その背中を見送り、咲也は手元に視線を戻した。
やがて、
食卓に食欲をそそる匂いと湯気が満ちる。
「いただきまーす!」
海斗と陸斗が声を揃える。
清吾も、
嬉しそうにフォークを取る。
その左手には湿布が貼られている。
「わあ!今日はミートボールスパゲティですか!僕の好物じゃないですか!」
「野菜ちゃんと食べろよ」
咲也の言葉に、
清吾は首をすくめる。
「……はい」
湊がくすりと笑う。
清吾が、
じっと見上げる。
「……今、笑いましたね」
「いいえ」
即答。
けれど、
口元はわずかに緩んでいた。
ふと、
清吾の視線が止まる。
「……それより」
じっと見つめる。
「それ、よく見たら僕の服ですよね。なんで着てるんですか?」
「あ……」
湊が自分の袖を見る。
「すいません。夏希さんが、もう捨てるから使ってと言ってくださったので、つい」
「ううう……夏希さん……」
清吾が崩れそうになる。
「なんでそんなことを……」
けれど、
ぐっと顔を上げる。
「……でも、負けない……!」
低く呟く。
「夏希さんも、父の座も、渡しませんからね」
ぎり、と歯を食いしばる。
そのまま、
湊を睨む。
湊は、
その視線を受け止めて、
少しだけ考える。
「ああ、そういうことですか」
納得したように頷く。
「大丈夫です」
さらっと言う。
「僕、高宮さんとお付き合いしてるので」
空気が止まる。
咲也が固まる。
清吾が、
目を瞬かせる。
「……え、そうなんですか?」
「はい」
普通に返す。
双子は、
料理に夢中で気づいていない。
「じゃあ……」
清吾が続ける。
「夏希さんは?」
「取りません」
「父の座は?」
「取りません」
間を置かずに返る。
清吾が、
ゆっくりと息を吐く。
それから、
ふっと表情を緩めた。
「湊くん」
まっすぐ言う。
「君はいい人ですね」
大きく頷く。
「これからもよろしく!」
「……はい」
湊も頷く。
咲也が、
ぽつりと呟く。
「……切り替え早いな」
清吾は気にしない。
「ところでさ」
咲也が口を開く。
少しだけ言葉を選ぶ。
「清吾くんは平気……なのか?」
「はい?」
「その、俺達が付き合ってるって聞いて……抵抗ないのか」
言い終えたあと、
わずかに視線を逸らす。
清吾は、
少しだけ考える。
それから、
肩をすくめた。
「まあ……正直、驚きはしましたけど」
軽く言う。
「でも、嫌な感じはしないです」
「だから大丈夫かなって」
あまりにも自然だった。
咲也は、
一瞬だけ言葉を失う。
そのとき、
清吾が静かに口を開いた。
「まあ」
軽く頷く。
「この業界、そういう話もよく聞きますし」
それから、
少しだけ視線を落とす。
「それに」
続ける。
「……昔、夏希さんに聞かれたことがあります」
「もし自分が、同じ同性だったらどうするかって。同じように付き合ったかって」
少しだけ間が空く。
「……僕は」
静かに言う。
「夏希さんが好きなので、それでも付き合うだろうなと思いました」
視線を上げる。
「そういうことだと思います」
咲也は、
少しだけ首を傾げる。
「……どういうことだ」
よく分からない理屈だった。
けれど、
その目はとてもまっすぐで。
どこか、
ヒーローみたいだなと咲也は思った。
小さく息を吐く。
胸の奥にあったものが、
少しだけほどける。
――こんなものなのか。
思っていたより、
ずっとあっさりと。
受け入れられている。
その夜は、
にぎやかに過ぎていった。
変身の掛け声と、
テレビの音と、
誰かの声。
騒がしい。
けれど、
どこか心地よい。
――悪くない夜だと、思った。
思っていたより、ずっと普通で。
思っていたより、ずっと温かい夜になりました。
清吾くんは、たぶんずっとこんな感じです。




