第44話 上書き
帰宅後。
静かな夜の話です。
家に着いた頃には、
深夜に近い時間になっていた。
咲也は明日日勤だった。
「じゃあ、俺先に寝るから」
風呂から上がると湊に声をかける。
「蒼井くんは適当にな」
「はい。おやすみなさい」
湊が静かに返す。
寝室へ向かう前に、
思い直して振り返る。
「蒼井くん。ごめんな」
湊が小さく首を傾げる。
「清吾くんのこと」
咲也は少し苦笑した。
「夏希から、
なんか勘違いしてるっぽいって聞いてたんだ」
「迷惑かけるかもって」
まさか、
果たし状まで飛んでくるとは思わなかったが。
湊は少しだけ目を伏せ、
それから静かに言った。
「いえ。構いませんよ」
「まっすぐな人だと思います」
小さく笑う。
「さすが、ライガーの中の人ですね」
「ああ……まあ、確かにな」
あの妙な熱量も含めて、
どこか眩しい男ではある。
「でも」
湊が続ける。
「それはいいんですけど」
「ん?」
「……なんでもありません」
そこで言葉を切る。
「おやすみなさい」
「……ああ」
少し気になったが、
深く聞く前に会話は終わった。
⸻
ベッドへ入り、
目を閉じる。
最初は、湊にベッドを使ってもらおうと、自分は布団で寝ていた。
だが、そのたびにベッドへ運ばれる。
セミダブルで男二人は狭い。
一人の方がよほど寝やすいと思うのだが、湊は頑として譲らなかった。
結局、咲也も折れ、
最近では同じベッドで眠るのが当たり前になっていた。
とはいえ、
2人の勤務時間は噛み合わない。
寝る時間も、
起きる時間も違う。
先に寝て、
起きたら、
目の前に相手の顔がある。
それには驚く。
だが、逆に言えばそれだけだった。
もっと落ち着かないものかと思っていた。
好きな男と同じベッドで眠るなど、
まともに寝られない気もしていたのに。
抱き締められたまま眠ることもあるが、
その体温の心地よさに
意外なほど、
普通に眠れている。
それ以上は何も無いことに
……少しだけ、
物足りない気もするが。
心地よく、
まどろみかけた頃
ベッドが沈んだ。
「高宮さん」
湊の声。
風呂上がりらしく、
同じシャンプーと石鹸の匂いがした。
けれど、
なぜか湊の方が柔らかく香る気がした。
「どうした、蒼井くん?」
向き直って声をかける。
暗い上に、
俯いているせいで表情は分からない。
返事の代わりに、
抱き締められた。
「蒼井くん?」
「高宮さんと、
あの人がそういうんじゃないって、
分かってますけど……でも」
声が少し低い。
「上書きさせてください」
「上書き?」
咲也が聞き返す。
湊は咲也の胸元へ顔を埋めて、小さく呟いた。
「あの人の匂い、消したいので」
「匂いって……」
思わず苦笑する。
「君も俺も、
同じシャンプーとソープだろ」
返事はない。
ただ、
抱き締める腕だけが強くなる。
そこでようやく、
咲也は気づいた。
――もしかして。
「……やきもちか?」
ぴくりと、
肩が揺れる。
けれど、
顔は上げない。
「負けませんから」
小さな声。
「……誰にだ」
思わず笑ってしまう。
けれど同時に、
胸の奥が妙に温かかった。
愛おしい。
そんな感情が、
静かに込み上げる。
咲也は小さく息を吐き、
湊の頭を優しく撫でた。
「くすぐったいよ。蒼井くん」
少しずつ、
言葉より先に感情が出るようになってきた二人でした。




