表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/63

第41話  ヒーローの危機

賑やかな人がやってきます。



バーの扉が、勢いよく開いた。


「――失礼します!」


店内の空気が、一瞬だけ揺れる。


歳の頃は三十代。

すらりとした長身、細身の青年。


その人物を、咲也はよく知っていた。


「……清吾くんか」


「おや、久しぶりだね。清吾くん」


マスターがグラスを拭きながら言う。


清吾はビシッと姿勢を正した。


「こんばんは師匠!

ご無沙汰しておりました!」


「お義兄さんもお久しぶりです」


そう言って、咲也の隣に腰掛ける。


桐生清吾。夏希の夫だ。


「清吾くんはモクテルね」


「はい、いつもすいません、師匠」


「もういい加減、師匠ってやめてくれないか」


渋面のマスターに、ぶんぶんと首を振る。


「いいえ!師匠は師匠です!恐れ多い!」


「はあ……まあいいけどさ」


マスターはため息をつく。


「その体育会系のノリ、ほどほどにしてね。ここは静かな場所だから」


「はい!」


「分かってるのかねえ」


そのやり取りに、咲也は小さく笑う。

相変わらずの二人だ。


何故清吾がマスターを師匠と呼ぶのか、咲也は詳しくは知らないが、二人は昔からの知り合いらしい。


「それより」


清吾が身を乗り出す。


「ここに、湊くんっていう人がいるって聞いたんですけど」


「ああ。蒼井は休みだぞ」


「え!?」


目に見えて肩を落とす。


「そうなんですか……」


「……どうしたんだ」


ゆっくりと見上げてくる目が、うるんでいる。


「……お義兄さん!」


次の瞬間、

勢いよく抱きつかれた。


「ちょっ……」


「俺の立場が危ういんです!!」


泣きつかれながらも、咲也は慣れた手つきで優しく背中を叩く。


双子と同じだ。

宥めるのも、もう慣れている。


「……何の話だ」


「海斗と陸斗がですね!」


しがみついたまま、勢いよく顔を上げる。


「湊くんの話しかしないんですよ!」


「俺のお株、完全に奪われてるんです!」


「変身ポーズが綺麗だとか!動きが違うとか!とにかくすごいって!」


「……それは、辛いな」


「……辛いんですよ……」


芝居がかったように顔を伏せる。


「仕事で家を空けてるのは悪いと思っています。家族にも寂しい思いをさせて」


「でも、それとこれとは別です」


顔を上げる。


「なんで見知らぬ男が家に泊まって、子ども達まで懐いてるんですか!」


「……清吾くん」


マスターが軽く声を落とす。


「静かに」


「あ、すみません……」


はっとして、項垂れる。

やがて、ポツリと。


「……きっとその人、夏希さんのこと狙ってるんです」


「それはないな」


咲也が即答する。


「蒼井くんは……付き合ってる人、いると思う」


言いながら、わずかに言葉が揺れる。


――付き合ってる、でいいんだよな。


自分はそう思っている。

けれど、相手の言葉は、まだ聞いていない。


一瞬、迷いがよぎる。


ふと、思い出す。


『良かった』と、

泣き笑いのような

湊の顔。



「本当ですか?」

清吾の声で、意識が戻る。


疑わしげな顔でこちらを見ている。


「ああ」


短く返す。

声にわずかな動揺が滲む。


清吾が、声を抑えて詰め寄る。

「じゃあなんで、うちに来るんですか!」


「……彼、あんまりちゃんと食べてなくてな」


「俺が食べさせたくて呼んだ。

来るのも俺がいる時だけだ。

そこは安心してくれ」


わずかに息を吐く。


「……悪かったな」


自分の配慮が足りなかったと、ようやく気づく。


清吾は一瞬、言葉を失う。


「そ、そうなんですか……」


胸元を掴んでいた手の力が、抜ける。

そのまま、するりと離れた。


「……ごめん、僕もね」


マスターが軽く口を挟む。


「仮面ライガーBLACK知らないって言うからさ。見せてもらいなさいって言っちゃってね」


肩をすくめる。


「清吾くん家、4K完全版BOXあるじゃん。つい」


「なるほど。布教、ですか」


清吾は納得したように頷く。


「確かに仮面ライガーBLACKは神作ですからね」


「BOXは保存用と観賞用ありますが――」


ぶつぶつと早口で語り出す。


咲也は思い出す。


この男もまた、

特撮で結ばれた仲間の一人だった。


清吾が、はっとしたように顔を上げる。


「いや。でも、最初はそれ目的でも、夏希さんの魅力に気づいて……うう、夏希さん」


頭を抱える。


「まあまあ」


マスターが軽く手を振る。


「落ち着きなよ、清吾くん」


くすっと笑う。


「蒼井はさ、そういうのじゃないから」


「筋は通すよ、あいつは。人のもんに手出すようなやつじゃない」


軽い調子のまま言う。


だが、どこか断言する響きがある。


「その辺は安心していいよ」


「まあ、『蒼井』さんだから。彼」


清吾が、

わずかに目を見開く。


「……蒼井」


「もしかして――蒼井流ですか」


「うん」


清吾は一瞬黙り込む。


「じゃあ、師匠の……」


そこまで言って、

はっと口を閉じた。


「あ、すいません」


マスターは苦笑する。


咲也にはよく分からないが、

それだけで二人は通じているらしい。

咲也の視線に気付き、

マスターが肩をすくめた。

「まあ、その辺は色々あるんだよ」


「なるほど。それは……」


清吾は一度納得したように頷いてから、顔を上げる。


「ところで師匠、お願いがあるのですが」


「ん?」


清吾は一度だけ息を整える。


それから、真っ直ぐに言う。


「……その湊くんと、一度きちんと話がしたいです」


店内の空気が、わずかに変わる。


冗談ではない声だった。


真っ直ぐな視線。


思わず、口が先に動く。


「蒼井くんなら、この後来るぞ」


――言ってしまった。


一瞬遅れて、後悔が追いつく。


だが、もうどうにもならない。


清吾の目が、すうっと細まる。


「……そうなんですか」


「ああ」


短く返す。


それ以上は言わない。


静かな時間が流れる。


扉の向こう。


まだ、誰もいない。


けれど――


ここで会うことになると、分かっていた。



ヒーローは危機感を覚えているようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ