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第39話 3年分のビンタ

久しぶりのあの人登場です。



Bar Haven。


夜。


低い照明。


静かな音楽。


ベルが鳴り、扉が開く。


「あー……いてぇ」


聞き慣れた声。


湊が顔を上げる。


「……黒崎さん。大丈夫ですか?」


「ああ。驚かせて悪いね」


当の本人は苦笑しながら答え、


そのまま、咲也の隣へ腰を下ろした。


「どうも、高宮さん」


「ああ」


咲也がちらりと見る。


そして、眉をひそめた。


「おい。どうした、その頬」


左頬が、しっかり腫れている。


黒崎は苦笑した。


「泣かせた相手に、引っぱたかれた」


「あらあら、派手にやられたねえ」


マスターが苦笑しながら、

奥から保冷剤を持ってくる。


「はいはい。これ使って」


「どうも」


受け取って、

頬へ押し当てる。


「あー……冷てぇ。気持ちいいな」


「一体、何したんだよ」


黒崎が肩をすくめる。


「まあ、久しぶりに日本帰ってきたんで、

顔出したんですよねぇ」


「そしたら、

なんでずっと連絡しなかったんだって、すごい剣幕で泣きながら言われて。

で、飛んできたのがこれって訳」

左頬を指さす。


「しかしスナップ効いた、

一発だったなあ。

衰えちゃいなかったね」


黒崎が苦笑する。


咲也は少し言葉を探して、

「……恋人か?」


「いや。ウチのお袋」


一瞬、空気が止まる。


マスターが吹き出した。


「うるさいですよ」

湊が注意すると、マスターは片手をあげて

「ごめん。

だって恋人かと思ったら、お袋って……」


思い出したのか、再び吹き出し

肩を揺らしながら笑う。


「仕事してください」


湊が冷ややかに言う。


「悪いね。色っぽい話じゃなくて」

黒崎が頭を掻いて笑う。


聞いた咲也も、

やや気まずかった。


誤魔化すように咳払いして、


「……そうか」


それから、

何事もなかったように続ける。


「強いんだな、おふくろさん」


その言葉に、


マスターがまた小さく肩を揺らす。


湊は小さくため息をついた。


「だから、仕事してください」


黒崎が笑う。

「まあ……強いよ。

ウチのお袋、空手やってたのもあるんだけど」


「健在で、まいったね。

手加減しねーんだもん」


「あれから結構冷やしたんだけど、ひかねーんだよな腫れ。神代さんには仕事休めっていわれちまった」


「まあ、この顔で行ったらビックリするわな。お客さんも」


湊が黒崎の前にグラスを置き、尋ねた。


「ちなみに、どのくらい連絡してなかったんですか?」


「ん?」


黒崎は少し考えて、


「3年……くらいかなあ」


湊とマスターの動きが止まる。


「まあ、それは……」


マスターが言いにくそうに呟く。


「黒崎さんが悪いですね」


湊がキッパリ言う。


その顔は、先ほどマスターを見ていた時のように冷たい。


「そうだねぇ。

僕もちょっと庇えないなあ」

マスターは困ったように笑った。


黒崎がため息をつく。

「湊くんもマスターも厳しいねぇ」


「いや。それが普通だ。

全面的にお前が悪い」


咲也がぴしゃりと言う。


「反対側も引っぱたかれてこい」


「高宮さんまでぇ」


「しかも辛辣。酷くない?」


「酷いのはお前だ」


呆れたように言う。


「お前、海外にいただろ。

連絡取れないと、

事件に巻き込まれたかと思うだろ」


黒崎が少し黙る。


「3年も連絡取れなかったら、

そりゃ心配する」


「大使館、警察相談レベルだ」


「う……」


黒崎が左頬を押さえる。


「お袋と同じこと言うなあ」


「知り合いに生存確認取れなかったら、そうしてたって」


「当たり前だ」


咲也がため息をつく。


「でもさぁ」


黒崎がぼやく。


「仕方なかったんだよ。

携帯が水没して、

連絡先分かんなくてさ」


「家の番号くらい、

いくらでも調べられるだろ」


咲也が即座に返す。


「お前はどうせ、

めんどくさかったんだろ」


「言うねぇ、高宮さん」

黒崎が苦く笑う。


「とにかく。

定期的に連絡しろ」


黒崎が肩をすくめる。

「それ、約束させられた」


「週に一回連絡しなきゃ、

ビンタだってさ」


「なかなか豪快なお母さんだね」

マスターが笑う。


「まあ、しばらく日本で仕事するから」


黒崎は保冷剤を頬へ押し当てながら、

小さく笑った。


「今までの分、せいぜい親孝行しときますよ」


咲也が、小さく頷く。


「そうしとけ」


低い照明。


静かな音楽。


Bar Havenの夜は、

今日も穏やかに更けていく。

誰かを心配する声がある夜でした。

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