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第36話 恋煩いの終わり

閉店後のBar Haven。

大人たちの、少し遅い飲み会の話です。


Bar Haven。


閉店後。


客のいなくなった店内に、低い音楽が流れていた。


カウンターの上には、いくつかのグラス。


月に一度の、身内だけの飲み会。


マスターと支配人。

何故かいつも巻き込まれる湊。


そして――


からん、とドアベルが鳴る。


「待った? こうちゃん」


扉を開けながら、陽子が声を上げる。


「今来たばかりだよ、陽子ちゃん」


支配人が柔らかく笑う。


「陽子ちゃん、お疲れ様」


マスターがいつもの軽さで声をかける。


「ふふ、早輝ちゃんもお疲れ様」


「こんばんは、陽子さん」


湊が軽く頭を下げる。


「こんばんは、湊ちゃん。今日もかっこいいわよぉ」


「ありがとうございます」


笑って会釈する。


聞き捨てならないとばかりに、マスターが割り込む。


「ちょっと、僕は? 陽子ちゃん」


「もちろん、かっこいいわよぉ。イケおじさん」


「やったあ」


マスターが子どものように喜ぶ。


「こうちゃんはダンディさんね」


「ふふ、ありがとう。気を使わせちゃったね」


支配人がグラスを傾ける。


「違うわよ。本心」


陽子がくすりと笑う。


それから、紙袋を掲げた。


「はい、差し入れ」


「わあ、ありがとね、陽子ちゃん」


マスターが受け取る。


紙袋の中から透明な容器を取り出した。


蓋を開けると、食欲を誘う香りがふわりと広がる。


「今日は唐揚げ?」


「そうなの」


陽子が嬉しそうに頷く。


マスターがひとつ摘まんで口へ放り込む。


「あ、美味しい」


「でしょぉ?」


陽子が得意そうに胸を張る。


「深夜のこの時間帯に唐揚げって罪だね」


支配人が苦笑する。


「美味しいけど、僕たちの年的にね」


そう言いながらも、箸はしっかり容器へ伸びていた。


「でも、深夜の唐揚げって美味いんだよね」


マスターが朗らかに言う。


「ごめんね。本当は違うの作ろうと思ったんだけど」


陽子は少し申し訳なさそうに両手を合わせた。


「今日ね、お客さんのお弁当見ちゃってね」


「……お客さんのお弁当?」


マスターが首を傾げる。


「そうなの。


食べる場所がなくて、食堂で食べていったんだけど、素敵なお弁当だったの」


「へえ、そうなんだぁ」

マスターが相槌をうつ。


「で、どんな弁当だったの?」


陽子は記憶を辿るように指を折った。


「鮭ご飯に卵焼き、唐揚げ、ブロッコリー、ミニトマトがちょこんとのっててね」


マスターがちらりと湊を見る。


湊は、グラスを持つ手を止めた。


二人の様子に陽子は気づかないまま続ける。


「すごく丁寧なお弁当だったの。優しさが詰まってたわ」


しみじみと頷く。


「あれは愛情弁当だったわねぇ」


「唐揚げ、美味しそうで。思わず作っちゃった」


「なるほどね」


マスターがニヤニヤしながら湊を見て、


「そう言えば蒼井の今日の弁当って」


「黙ってください」


湊が低く言う。


首筋が熱い。


「あら、湊ちゃんもお弁当だったの?」

陽子が目を輝かせる。


マスターが面白そうに笑う。

「実はこいつも最近、好きな子と付き合いだしてね」


「世話焼きのいい子でさ」


「あらそうなの?」


陽子の顔がぱっと明るくなる。

「おめでとう、湊ちゃん」


「そっか。恋煩い、終わったんだね」

支配人も静かにグラスを掲げ呼応する。


湊は、意外なお祝いに驚いた。


なんだか照れくさい。


「……ありがとうございます」


「よかったわぁ」


陽子がしみじみと頷く。


「湊ちゃん、ずっと気を張ってたものね」


「今の方が、ずっといい顔よ」


湊が、視線を伏せる。


マスターが自分のグラスを傾けながら笑った。


「陽子さん、ほんとよく見てるよね」


「まあねぇ」


陽子が楽しそうに肩をすくめる。


「昔の癖かしら」


「癖?」


「うん。昔、ちょっとそういう仕事してたの」


それだけ言って、ふふっと笑う。


深くは語らない。


でも。


だからこそ、

人の変化に気づくのだろうと、

湊はなんとなく思った。


「そういえば今日、綾乃ちゃん来る予定だったのにね」


陽子が残念そうに言う。


「急用入ったみたいだよ」


「というか、親子喧嘩かな」


支配人が苦笑する。


「あらぁ……大丈夫なの?」


「うん。まあ、いつものことだよ。僕はむしろ席外した方がいいくらい」


笑いながら続ける。


「ちょっと寂しいけどね。今度一緒に飲みに来ようかな。家族で」


マスターがグラスを軽く掲げる。


「いつでも来なよ。一杯くらいなら奢るよ」


「ありがとう」


「そっか。でも残念だわぁ……」


陽子が呟く。


本気でしょんぼりした声。


「会いたかったわぁ、綾乃ちゃん」


支配人がくすりと笑う。


「今度、食堂に顔出すってさ」


「本当!?」


陽子の顔が、ぱっと明るくなる。


「嬉しい〜!」


マスターが吹き出す。

「陽子ちゃん、ほんと綾乃ちゃん好きだよね」


「だって綾乃ちゃん、可愛いじゃない。同年代の友人って貴重なのよ」


即答だった。


「あと、よく食べるし」


「そこ?」

マスターが目を丸くする。

陽子は得意げに頷いた。

「大事よぉ」


店内に、笑い声が広がる。


いつもの夜に、ちょっとだけ騒がしさの混じる夜だった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


深夜の唐揚げは、罪ですが美味しいですよね。


感想など頂けると嬉しいです

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