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第29話 あの人のいる場所

少しだけ、帰る場所が変わる話です。


自宅に戻る。


自分の部屋。


ドアを開ける。


変わらない。


寝袋。

テーブル。

カップ麺。


それだけ。


静かだ。


何もない部屋が、

少しだけ、物足りなく感じた。


クローゼットを開ける。


服はある。


きちんと整っている。


問題はない。


必要なものを取り出す。


着替え。


それだけでいい。


はずなのに。


手が、少しだけ止まる。


思い出す。


「昼飯、冷蔵庫に入ってるから」

「好きでやってることだから」


軽い声で、

当たり前みたいに言う。


あれは、当たり前じゃない。


ゆっくりと、息を吐く。


部屋を見渡す。


不便でもない。


困ってもいない。


それでいいと、思っていた。


バッグに荷物を入れる。


必要なものだけ。


それでいい。


それで、よかった。


ジッパーを閉める手が、少しだけ強くなる。


鍵を取る。


ドアにかけた手が、止まる。


一瞬。


振り返る。


変わらない部屋。


いつもの場所。


それでも、もう戻れない気がした。


前を向き、ドアを開ける。


外に出る。


昼の光が、少しだけ眩しい。


歩き出す。


その足取りは、迷わない。


向かう場所は、決まっている。


あの部屋。


あの人のいる場所。


小さく、息を吐く。


「……本当に、ずるい」


わずかに笑う。


それでも、足は止まらない。


ここまでお読み頂きありがとうございます。


何も変わっていないはずなのに、

もう同じには戻れない。


そんな回でした。


感想など頂けると嬉しいです。

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