第28話 触れそうな距離
少しだけ、朝の距離が近い話です。
目を開ける。
視界いっぱいに、咲也の顔。
近い。
静かな寝息。
昨夜のことを思い出す。
くすりと漏れる笑い声
ほんの少しだけ、距離を詰める。
温かな吐息が触れる。
その瞬間。
「……っ」
咲也の眉が、わずかに動く。
目が開く。
視線が合う。
あ、
固まった。
「おはようございます」
「……おはよう」
声が、少しだけ低い。
距離は、近いまま。
咲也の視線が揺れる。
逸らして、戻して、また逸らす。
そのままじっと見ていると
「蒼井くん」
「はい」
「……近い」
「そうですね」
あっさり返す。
咲也は目を伏せて、恥ずかしそうにいう。
「……離れてくれ」
「嫌です」
即答で返す。
「……おい」
困っている。
昨日の余裕が嘘みたいだ。
そのギャップが、たまらない。
しかし、いつまでも困らせるのも悪いので
「……起きますか」
「……ああ。朝飯、作る」
咲也は視線を外し、
そそくさとベッドから出た。
……逃げた。
湊は小さく笑った。
ーー
しばらくすると、
キッチンから味噌汁の香りが漂ってきた。
リビングのローテーブルに手際よく、朝食が並んでいく。
卵焼き。焼き鮭にご飯。
ソファに並んで座る。
正面のテレビでは、情報番組が流れている。
「今日は晴れか」
咲也の呟きに、湊が頷く。
言葉は少ない。
それでも、どこか落ち着く。
食べ終わり、食器をまとめる。
「……片付け、俺やりますよ」
「悪いな」
「いいえ」
簡単に場所を教わり、湊が食器を洗う。
その間に咲也は支度を進める。
ワイシャツを着込む。
ネクタイを締める。
慣れた手つき。
無駄がない。
整った身なりが、妙に目を引く。
思わずじっと見てしまう。
ふと、咲也と目が合う。
すぐに、背を向けられる。
首筋が、わずかに赤い。
その様子に、口元が緩む。
「蒼井くん」
「はい」
「昼飯、冷蔵庫に入ってるから」
「レンジで温めて食べてくれ」
「……すみません」
「別に。
俺が好きでやってることだから」
あっさりと、
軽い調子で言う。
まるで特別なことではないみたいに。
ずるい、と思う。
この温かさを知ってしまったら、
もう手放せそうにない。
湊は、小さく息を吐く。
身支度を整えた咲也が湊を振り返る。
「じゃあ、俺は出るから」
「……はい」
「いってらっしゃい」
咲也は、扉に手をかける。
一瞬、止まる。
振り返る。
目が合う。
咲也が、わずかに距離を詰める。
一歩。
そのまま、もう一歩。
近い。
顔が、ゆっくりと近づく。
吐息が触れそうな距離。
次の瞬間。
はっとしたように、動きが止まる。
すっと、離れる。
「……行ってくる」
何事もなかったように言う。
「……はい」
小さく音を立てて、扉が閉まる。
静けさが戻る。
「……ずるいですね。本当に」
苦笑が漏れた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
距離は近いのに、
あと少しがなかなか届かない二人でした。
感想など頂けると嬉しいです。




