第23話 補給
少しだけ、踏み込む話です。
ホテルから歩いてすぐの場所。
通りを一本入ると、少しだけ静かになる。
シンプルなマンション。
外観に目立つところはない。
けれど、どこか整った佇まいは、なんとなく湊らしいと思った。
「ここです」
湊が足を止める。
扉の前で鍵を取り出す。
ほんの少しだけ、視線を逸らす。
「あの」
小さく前置きするように、
「本当に何もない家なので、驚かないでください」
何気ない風な口調。
けれど、わずかに固い。
咲也は何も言わず、その背中を見る。
「どうぞ」
先に扉が開く。
「お邪魔します」
靴を脱ぐ。
整えられた玄関。
そのまま、部屋に入る。
一歩、踏み入れる。
静かだ。
生活音が、ほとんどない。
視線を巡らせる。
低いテーブルがひとつ。
椅子はない。
その隅にあるのは
まさか寝袋、だろうか?
「これで寝てるのか」
「はい」
あっさりとした返事。
「昔、使ってたんで。そのまま……」
軽く付け足される。
咲也は、何も言わない。
キッチン側の床には
エネルギーゼリー。
未開封のカップ麺。
水のペットボトル。
まとめて置かれている。
生活というより、
——補給。
キッチンに目を向ける。
あるのは、やかんだけ。
流しには、
洗われたカップ麺の容器が、水を切った状態できれいに重ねられている。
もう一度、床の食料に視線が戻る。
「一応、栄養の多いのとか、選んでます」
わずかに、声が揺れる。
咲也は、返事をせず
代わりに、ゆっくりと部屋を見渡す。
綺麗に片付いている。掃除もしているのだろう。
無駄がない。
だが、それだけだ。
片付きすぎている。
削りすぎだと思った。
「蒼井くん」
呼ぶ。
「はい」
振り返る。
いつも通りの顔。
何も言わず、ただこちらを見る。
その様子に、言葉が止まる。
湊は分かっている。
その上で、あえてこの状況を選択している。
だからここに連れてくることをためらった。
見た人間が何を言うのか、知っていたからだろう。
メジャー時代。
自炊しない神代に、自炊を勧めた時期もあったが、それとは根本的に違う。
神代はお腹が空けば、外食にも行ったし、店で出来合いのものを買ってきて食べていた。
だが、この部屋を見る限り、湊は違うのだろう。
必要ないと判断して削っている。
食べることを。
そして、柔らかい布団で眠ることを。
それは、生きることを、楽しむことを拒否しているようにさえ見えた。
こんな生き方をする人間を、咲也は初めて見た。
小さく息を吐く。
額に手を当てる。
言いかけて
「いや」
それ以上は、続かない。
言えなかった。
少しの沈黙。
「蒼井くん。飯、行くか」
ぽつりと落とす。
「え」
「うまい定食屋、知ってるんだ」
空気が、少しだけ変わる。
湊は、静かに息をついた。
「はい」
短い返事。
その声は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
生活は、その人自身が出るものなのかもしれません。
感想など頂けると嬉しいです。




