第20話 彼らしいね
Bar Haven、閉店後。
少しだけ残った夜のお話です。
Bar Haven。
閉店後。
店内は静寂に包まれ
わずかな灯りだけが残っていた。
早輝は一人、
カウンターの中に立つ。
グラスを手に取る。
布を滑らせる。
静かな音。
磨かれたガラスが灯りを映した。
ふう、と息を吐く。
片付けは自分がするからと湊達は先に帰した。
今日は色々あった。
湊の見習い卒業。
酔客騒ぎ。
そして。
あの人だ。
酔っ払いに襟を掴まれた咲也の姿が脳裏に浮かぶ。
そのとき。
店の扉が開いた。
カラン。
控えめな音。
「やあ」
振り返る。
「あら、こうちゃん」
支配人、黒崎恒一だった。
「大変だったね」
当然のようにカウンター席へ腰を下ろす。
「さっきの酔っ払いの件、聞いたよ」
「ああ」
早輝が苦笑する。
「久しぶりのヤンチャなお客さんだったねえ」
肩をすくめる。
「まあ、早々にお帰りいただいたけど」
「お疲れさま」
「ありがと」
グラスを棚へ戻しながら答える。
「なんか飲む?
ストレートで良ければ出せるけど」
「いいね」
恒一が頷く。
「お願いできる?」
「はーい」
手早くグラスを取り出す。
チェイサーとウイスキーを並べる。
琥珀色の液体が静かに揺れた。
恒一はグラスを口元へ運ぶ。
一口。
それから息を吐いた。
「うーん。効くねえ」
早輝が吹き出した。
「こうちゃん、おじさんくさい」
「実際おじさんだからねえ」
恒一が肩をすくめる。
「僕も君も」
「あー」
早輝が笑う。
「それは否定できないねえ」
しばらく静かな時間が流れる。
早輝は息をついた。
「でもさ、おじさんは心配だよ」
「どうしたの?」
早輝は新たに拭いていたグラスを置いた。
「高宮さん」
恒一が首を傾げる。
「うん?」
「あの人、酔っ払い相手に無抵抗だった。
殴られそうになっても」
「多分」
続ける。
「僕らを庇ったんだと思う」
彼が抵抗したら、その暴力の矛先が他に向く可能性があったから。
「うん」
「でもさ」
苦笑する。
「驚いたよ。
あそこまで自分を投げ出せる人も珍しい」
本当に驚いた。
なんのためらいもなかったから。
同時に、それが少し引っかかってもいた。
恒一はグラスを回しながら言う。
「高宮さんが元プロ野球選手なのは知ってるだろ」
「うん」
早輝は頷く。
「引退会見も見たよ」
「肩の故障が理由だったらしいね」
「そうだね」
恒一は静かに言った。
「じゃあさ。なんで肩を壊したか知ってる?」
早輝は首を振る。
「投げ過ぎとか?」
「違う」
短い返事。
「子どもを庇ったんだよ」
早輝の手が止まる。
「交通事故で」
「全然知らない子だって」
しばらく沈黙が落ちた。
早輝は小さく笑った。
「そっかあ」
腑に落ちた気がした。
「彼らしいね」
恒一も苦笑した。
「だろ?」
「昔からそうなんだろうねえ」
早輝はグラスを磨く。
「だから周りが放っておけないんだ」
「かもね」
静かな返事。
早輝はふっと笑った。
湊も大変な人を好きになったものだ。
苦労するだろう。
……いや。
待てよ。
湊だって、人のことは言えない。
自分を顧みないことに関しては、あの子も大概だ。
方向性は違うけれど。
案外、似た者同士なのかもしれない。
思わず笑みがこぼれた。
「どうしたの?」
恒一が不思議そうに見る。
「んー?」
早輝は楽しそうに笑う。
「秘密〜♪」
「ええ?」
恒一が顔をしかめた。
「気になるんだけど」
「教えなーい」
「ひどいなあ」
くすくすと笑い声が重なる。
Bar Havenの夜は、
まだ少しだけ続いていた。
こうちゃんは最後まで秘密を教えてもらえなかったようです。
早輝ちゃんだけが気づいたことも、あるのかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。




