第2話 締め直したネクタイ
青空教室のあと。
ホテルへ戻る、日曜の午後のお話です。
地下更衣室。
シャワーの音が止む。
咲也はタオルで髪を拭きながら、
小さく息を吐いた。
熱を持っていた体が、
ようやく落ち着いていく。
ロッカーを開ける。
ハンガーに掛けてあったワイシャツを取り出す。
袖を通す。
少しだけ冷えた布地が、
肌に触れた。
鏡の前に立つ。
ドライヤーの温風が、
濡れた髪を揺らす。
少しずつ、
土と日差しの匂いが薄れていく。
髪を整える。
ネクタイを締める。
指は慣れた動きだった。
地下スタッフ通路へ出る。
さっきまでの、
ボールを投げる音、子どもたちの声は、
もう遠い。
代わりに漂うのは、
静かなホテルの空気。
控えめな照明。
遠くで動く台車の音。
スタッフたちの低い声。
いつものアストラだった。
「お疲れさまです」
声がかかる。
顔を上げる。
壮年のスーツ姿の男が立っていた。
ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、
身なりは隙なく整っている。
それでも、
固い印象を与えないのは、
柔和な笑みのせいだろう。
いつも通り、
静かな空気をまとっている。
「支配人」
「……お疲れ様です」
咲也は軽く頭を下げた。
支配人は微笑みながら頷く。
「今日は教室の日でしたか」
穏やかな声。
咲也は小さく頷いた。
「まあ。時間、合ったんで」
「そうですか」
支配人は少しだけ首を傾げる。
「だからですかね」
「今日は、少し柔らかい顔をしてますね」
咲也は一瞬、
言葉に詰まる。
「……そうですか?」
「ええ」
支配人はわずかに目を細めた。
「良いと思いますよ」
それだけ言って、
ゆっくり歩き出す。
咲也はネクタイを締め直しながら、
ぽつりと言った。
「……最近、日曜遅番多いですね」
支配人はわずかに笑った。
含みのある笑み。
「たまたまですよ」
咲也は何も言わなかった。
ただ、
小さく息を吐く。
すれ違う瞬間。
「よろしくお願いしますね」
「今日も忙しいので」
「はい」
短く返す。
そのまま、
咲也はロビーへ向かって歩き出した。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ネクタイを締め直して、またホテルへ戻る。
そんな咲也の“今”を書いてみました。




