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第1話 選んだ場所

第二部スタートです。

日常の中にある、少しだけ特別な時間です。



日曜の朝。


グラウンドには、子どもたちの声が響いていた。


「さくちゃーん!」


海斗が大きく手を振る。


その隣で、陸斗がグローブを抱えたまま、小さく口を開く。


「……先生」


咲也は小さく息を吐いた。


「だから、さくちゃんはやめろって」


「いいじゃん」


海斗が笑う。


「呼びやすいし!」


その横で、湊がくすっと笑った。


「定着してますね」


咲也は肩をすくめる。


「……やめろって言ってんだけどな」


軽いやり取り。


いつも通りの距離。


ここは、青空野球教室。


毎週ではないが、時間が合えば顔を出している。


教える、というほどでもない。


ボールを投げて、受けて、整える。


それだけだ。


——それでも。


これが、自分の選んだ形だった。


教室が始まると、湊は簡易ネットの外に下がる。

双子たちを見守るその姿を、横目に捉える。


「はい、構えて」


咲也が声をかける。


海斗がグローブを構える。


少し高い。


「もうちょい下」


「こう?」


「そう」


一球、投げる。


軽く。


だが、まっすぐ。


パシン、と乾いた音が響く。


「うわっ、速っ!」


「今のは優しい方だぞ」


「うそだー!」


もう一球。


軽く投げる。


受ける。


何球かやり取りを続ける。


笑い声が広がる。


「次、陸斗」


「……はい!」


陸斗が前に出る。


構えは、海斗よりも安定している。


「いいね、そのまま」


投げる。


さっきより、少しだけ速く。


乾いた音。


「……取れた!」


「今のはいい」


咲也が頷く。


そのとき。


「……楽しそうですね」


背後から声。


いつの間にか、ネット際まで来ていた。


内心の動揺を悟られないように、そっけなく言う。

「まあな」


「顔、違います」


「は?」


「ホテルにいるときと」


咲也は一瞬、言葉を失う。


「……そうか?」


「はい」


湊は目を細める。


「そういう顔、するんですね」


小さく息をついて、


それから少しだけ柔らかく続ける。


「……いいな、って思いました」


軽い調子。


冗談みたいに。


でも、視線は逸らさない。


咲也は目を逸らす。


「……仕事中も別に普通だろ」


「そうですね」


「でも、違います」


「どっちだよ」


思わず笑う。


距離は近い。


触れてはいない。


でも、遠くもない。


その曖昧さが、自然にそこにある。


「蒼井くん」


「はい」


「ボール、投げるか?」


湊が目を見開く。


「……いいんですか」


「僕、保護者代理ですけど」


「別に。保護者がやっちゃいけないわけでもないだろう」


咲也自身も、以前双子の付き添いで来たとき、

黒崎に乗せられて投げたことを思い出す。


——あれが、始まりだったのかもしれない。


グローブを差し出す。


湊はそれを受け取る。


ほんの少しだけ、嬉しそうに。


「お願いします」


その声は、妙に素直だった。


咲也は軽く構える。


腕を回す。


投げる。


普段より少しだけ、強めに。


パシン。


湊が、きちんと受ける。


湊がわずかに目を見開く。


「……すごいですね。重い」


「普通だろ」


「普通じゃないです」


湊が笑う。


少し離れた場所では、

双子を迎えに来た夏希が、

こちらを見ている。


咲也はふっと息を吐いた。


——ああ、と思う。


この時間は、悪くない。


むしろ、


かなり、いい。


だから。


別に、


言葉にする必要なんて——


今は、ない。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

まだ、言葉にしなくてもいい距離。

でも少しずつ、形は変わっていくのかもしれません。

感想など頂けると嬉しいです。

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