第17話 静かな到達点
バーテンダーとしての夜
Bar Haven。
扉を開ける。
変わらない灯り。
いつも通りの、静かな夜だった。
「……いらっしゃいませ」
湊が顔を上げる。
『よう』
後ろから声。
レオンだった。
『ついてくんなよ』
咲也が英語で返す。
『偶然だ。
俺はここに来たかっただけだぜ』
軽く笑い、
当然のように咲也の隣へ座る。
「何になさいますか」
「……いつもの――」
言いかけた横から、
『俺、カクテル飲みたい!』
声が被さる。
湊が、わずかに微笑んだ。
期待で目を輝かせるレオンに、
咲也は小さくため息をつく。
『何飲むんだよ』
『うーん。オススメってやつ』
軽い声。
咲也は肩をすくめた。
「すまない。カクテル、作ってもらえないか」
少しだけ間を置く。
「おすすめがあれば、それで」
カウンターの奥で、
マスターがグラスを拭きながら口を開いた。
「あ。じゃあ、あれ作りなよ」
軽い口調。
「アストラの星」
一瞬だけ、視線が交わる。
湊は何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
グラスを手に取る。
氷を入れる。
カラン、と小さな音。
トングの動きに無駄がない。
ボトルを傾ける。
細く落ちる液体。
迷いがない。
静かなステア。
氷が触れ合う、
乾いた音。
一定のリズム。
音が、乱れない。
止まる。
グラスを持ち上げる。
水滴を払う。
カウンターへ置く。
正確な位置。
――静かだ。
そういえば。
カクテルは、頼んだことがなかった。
他の客へ出しているのは見たことがある。
それなのに。
今さらみたいに、
目を奪われる。
――やっぱり、綺麗だ。
ふいに、
脇腹を小突かれる。
視線を向ける。
レオンが、にやにやしていた。
『うるさい』
『何も言ってないけど』
『顔がうるさい』
『はっは!』
湊がグラスを差し出す。
「どうぞ」
淡い光を帯びた液体。
氷の向こうで、
静かに揺れている。
夜の色に、
星をひとつ落としたような一杯だった。
レオンが受け取る。
一口。
「Damn, that’s good!」
明るい声。
レオンの大きな反応に、
湊が目をぱちりと瞬かせる。
「“すげーうまい”って言ってる」
咲也がそう伝えると、
湊は小さく微笑んだ。
「ありがとうございます」
少し遅れて、
咲也の前にもグラスが置かれる。
「どうぞ」
口をつける。
控えめな甘さ。
喉の奥に、
わずかに熱が残る。
「……うまいな」
それで、十分だった。
少し離れた場所で、
マスターがグラスを拭いている。
手は止めない。
視線だけが、わずかに向いた。
「……蒼井」
ぽつりと呼ぶ。
湊が顔を上げる。
「そろそろ、バーテンダー見習いは、卒業でいいんじゃないか」
軽い口調。
けれど、目は外さない。
「それだけできりゃ、十分でしょ」
「お前さん目当てのお客さんもいるし」
マスターがこちらへ思わせぶりな視線を向ける。
思わずどきりとした。
マスターはからかうようにウィンクする。
それから、拭いているグラスへ視線を戻す。
「それにさ」
ぽつりと続ける。
「……もう戻らないでしょ?」
静かな声だった。
湊は黙ったまま、視線を落とす。
そして、
「……はい」
短く、答えた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
“戻らない”とは、
何を指すのか。
少しずつ形になってきた気がします。
感想など頂けると嬉しいです。




