第15話 ほんの少しだけ
少しだけ変わった距離と、
まだ確信を持てない夜の話です。
Bar Havenの夜は、変わらず静かだった。
低い照明。
グラスの音。
落ち着いた空気。
カウンターの中、湊はいつも通りに動く。
グラスを拭く。
ボトルを持つ。
注ぐ。
無駄はない。
それでも、ほんのわずかなズレ。
視線を上げる。
カウンターの向こう。
咲也がいる。
いつもの席。
いつもの姿勢。
気づかれていないはずの、小さな揺れ。
視線が合う。
ほんの一瞬。
すぐに逸らす。
何もなかったみたいに。
「どうぞ」
差し出したグラスは
いつもより、咲也に近い。
「ああ」
受け取る指先が、
一瞬だけ触れる。
すぐに離れる。
「失礼しました」
「いや」
そのまま、
何もなかったように、
それぞれの位置に戻る。
違和感を覚えて視線を流すと、
カウンターの端。
マスターが、背を向けている。
肩が、わずかに揺れていた。
小さく、息を吐く。
「仕事してください」
マスターは振り返ると、苦笑した。
「ごめんな。でも分かりやすいな」
「……はい?」
「顔に出てる」
「……何がですか」
マスターは咲也に一瞬視線をやってから、
口元を手で隠すようにして、こちらにだけ聞こえる声で言う。
「ほら、例の乙女モード出てるじゃん」
さらっと言う。
「……は?」
「まあ、良かったじゃない」
ぽつりと落とす。
「……何がですか」
「さあね」
それ以上は言わない。
ただ、
少しだけ優しい目をしていた。
視線を落とす。
指先に、
さっき触れた感触が残っている。
――なんか、恋煩いしてる乙女みたいだぞ。
ふと、よぎる。
――……君の隣が、一番落ち着く
あのとき、言われた言葉。
浮かれている自覚はあった。
だが、それが勘違いだったら、とも思う。
恋をしていることと、
選ばれることは、別だ。
そもそも、
自分を選んでくれたのかすら、分からない。
それでも。
確かに、何かは変わっている。
静かな夜。
変わらないはずの場所で、
ほんの少しだけ、
距離が変わっていた。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
変わったことに気づいていても、
それを信じるには少し時間がかかるのかもしれません。
感想など頂けると嬉しいです。




