第117話 ただ隣に
今回は、夕食後の二人のお話です。
のんびり晩酌しながら、少しだけこれからのことを。
夕食を終え、
二人で食器を片付けたあと、ソファへ並んで腰を下ろした。
テレビをつける。
特に見たい番組があったわけではない。
ただ、なんとなくだった。
「高宮さん」
「ん?」
「店のようにはいきませんけど、飲みますか?」
湊がウイスキーのボトルを持ち上げる。
咲也は少し笑った。
「もらおうかな」
湊は二つのグラスに氷を入れ、ウイスキーを注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
グラスを受け取る。
氷が、小さく音を立てた。
二人で並んで。
テレビを眺めながら、少しずつ飲む。
こういうのも、いいな。
咲也はふと思った。
バーで飲むのとは違う。
会話が途切れても気まずくない。
ただ隣にいて。
同じものを飲んでいる。
それだけなのに。
妙に落ち着いた。
ふと。
テレビから聞き慣れた単語が耳に入った。
メジャーリーグ。
咲也は画面へ目を向ける。
今季から海を渡った日本人選手が取り上げられていた。
メジャー初年度。
ここ数試合は思うような結果が出ず、苦しい時期が続いているらしい。
画面には、ベンチで試合を見つめる姿。
その表情は、どこか硬い。
解説者が、慣れない環境の中で結果を求められる難しさについて話している。
言葉。
生活。
チームへの適応。
野球だけに集中していればいいわけではない。
そのことを、咲也はよく知っていた。
咲也は、しばらく黙って画面を見つめた。
「……この間だけどさ」
「はい」
「ルシアンと話した時のこと」
隣に視線を向けると、湊が咲也を見つめていた。
急かすでもなく。
ただ、続きを待っている。
「青空教室みたいなことを、今度は現役の選手相手にやりたいらしい」
「メジャーの選手に、ですか?」
湊がわずかに目を見開く。
――まあ、驚くよな。
「ああ。技術を教えるっていうより」
咲也は少し考える。
「キャッチボールをして、話を聞いたり。もし必要なら、ちゃんと詳しい人に相談できるようにしたり……そんなことをしたいらしい」
「元選手だからこそ、分かることもあるってことみたいだ」
湊は静かに聞いている。
咲也はテレビへ視線を戻した。
「レオンたちと、また一緒にやらないかって、ルシアンに言われた」
「……そうですか」
「正直」
一度、言葉を切る。
「やってみたい気持ちはある」
湊は何も言わない。
「楽しそうだとも思う」
「でも」
咲也はグラスの中の琥珀色を見つめた。
「まだ、分からない」
「そうですか」
湊はそれ以上、答えを求めなかった。
少しして。
「でも、高宮さんがどんな選択をしても」
「僕は、ついていくだけですから」
咲也は湊を見る。
「……君は強いな」
湊が僅かに笑った。
「諦めが悪いだけですよ」
咲也もつられるように笑う。
グラスの中で、氷が小さく鳴った。
テレビでは、まだメジャーリーグのニュースが流れている。
けれど。
今はもう、画面よりも。
隣にいる湊の気配の方が、ずっと近く感じられた。
タイトルは『ただ隣に』。
何を選んでも、隣にいてくれる人がいる。
そんな夜でした。




