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第104話 面影

今回はルシアン視点。

いつもの彼とは少し違う一面です。



ソファに深く腰を沈める。


片手にワイングラス。


もう片方の手には、ベルベット張りの小箱。


指先で転がすように弄ぶ。


開けるでもなく。


しまうでもなく。


しばらくそうしてから、ルシアンは小さく息を吐いた。


アストラスイートがいくら居心地がいいからといっても、こうもずっと閉じこもっていたら退屈でしょうがない。


安全の確認が取れるまで不用意に出るな、と言うのは姉の言だ。


カズヤにも念を押されたので、仕方がない。


グラスを置き、テーブルの上のスマートフォンを手に取る。


また咲也の投球動画を見ようかと思ったのだが、


ふと思い立ち、

レガリア・アストラ青山

の名前で検索する。


何件か画像がヒットした。


ラウンジ。


レストラン。


窓から見える夜景。


指を滑らせていく。


その手が止まった。


屋上庭園。


客の撮った写真のようだ。

若い男女が微笑んで寄り添っている。


その後ろ、陽射しの中で、薔薇の花びらが華やかに色づいていた。


「……綺麗だな」


ルシアンは少しだけ目を細める。


昔から薔薇は好きだった。


ーー見にいきたいな。

カズヤ誘って行こうかな。


えー、叔父さんと?

そういうところは、恋人と行きたいよ。


カズヤの嫌そうな顔が浮かび思わず笑う。


ーーうん。楽しそうだ。


その時。

見覚えのある色が目に留まった。


画面を少し拡大した。


「……やっぱり。ジュリアか」


くすんだ茶色を含んだ、柔らかな色。


派手な花ではない。


けれど。


ルシアンは昔から、この薔薇が好きだった。


それは、どこか彼を彷彿とさせるから。


目立つわけでもない。


華やかさで人の視線を奪うわけでもない。


それなのに。


一度目に留まると、なぜかもう一度見たくなる。


見れば見るほど。


静かな綺麗さに気づく。


「……でも」


ルシアンは僅かに眉を上げた。


「ジュリアを植えるなんて、珍しいな」


ホテルの庭園なら。


もっと鮮やかで、華やかな品種を選んでもよさそうなものだ。


そこで、薔薇の向こうに人影があることに気づく。


さらに画面を拡大した。


作業着姿。

ホテルスタッフだろうか。


しゃがんでいる。

ちょうどジュリアのあるあたりだ。


俯いていて顔は見えない。


写真も小さい。拡大すると画質が荒くますます不鮮明になった。


それでも。


胸の奥が、妙にざわついた。


「……君、なのか?」


小さく問う。


もちろん返事があるはずもない。


ルシアンはしばらく、画面を凝視していた。


やがて。


手元に視線を落とす。


手の中には、まだ小箱がある。


親指で縁をなぞる。ベルベットの感触。


七年前。


渡せなかったもの。


それでも捨てられず、ずっと持ち続けていた。


日本に来たら、捨てようと思っていた。


それなのに。


こんな風に、ちょっとしたことで気持ちが揺らぐ。


ルシアンは小さく笑った。


「……未練なのかな」


誰に聞かせるでもなく呟き、


テーブルに置いたワイングラスを手に取る。


そのまま、中身を一息に煽った。


スマートフォンの画面には。


薔薇園の片隅にしゃがむ人影が、


まだ残っていた。


タイトルは『面影』。

薔薇にも、人影にも、七年前にも。

まだ残っているものがあるようです。

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