第102話 首はやめてくれ
昨日の続きです。
咲也、朝からちょっとした問題と向き合います。
朝。
洗面所。
咲也は鏡の前に立っていた。
昨日はひどく疲れていた。
夕飯の用意だけ済ませ、あとは最低限のことをして寝てしまった。
風呂にも入った。
当然、コンシーラーは落ちている。
鏡を見る。
左の首筋。
襟足に近いところ。
まだうっすら赤い。
小さくため息を吐く。
昨日、中村にもらったコンシーラーを手に取る。
キャップを外す。
確か。
「さっと直接塗れるのが、ペンシル型のいいところですからね」
そんなことを言っていた。
咲也は鏡を見ながら、恐る恐る赤みの上をなぞる。
そして指で軽く叩き境目をぼかす。
数秒。
鏡を見る。
「……おお」
思わず声が漏れた。
昨日と同じだ。
ほとんど分からない。
「便利だな」
化粧品など使ったことがなかったが、これは確かに助かる。
キャップを閉める。
その時。
ふと、昨日のロビーでの出来事を思い出した。
ロビー。
ルシアン。
黒崎。
そして湊。
顔が熱くなる。
落ち着こうとゆっくりと息を吐くが熱は逃げない。顔はまだ熱いままだ。
そのまま洗面所を出る。
寝室に目を向ける。
湊はまだ寝ているだろう。
――わざわざ起こして言うことでもないしな。
ため息が漏れた。
テーブルに置かれたスマートフォンが視界に入る。
あることを思いついて、手に取る。
画面を見つめながら少し考え、
そして短く打ち込んだ。
「首はやめてくれ」
送信する。
しばらく画面を見つめた。
これでいい。
十分伝わる。
そう思った。
ーー
昼前。
湊が目を覚ます。
スマートフォンを確認すると、咲也からメッセージが届いていた。
「首はやめてくれ」
湊はしばらく画面を見つめた。
そして返信する。
「分かりました」
送信。
少し考える。
数秒後。
追加でメッセージを打ち込んだ。
ーー
昼休憩。
食事を終えた咲也は、
バックヤードの休憩スペースで缶コーヒーを開けた。
その時。
スマートフォンが震える。
何気なく画面を開く。
湊からの返信だった。
「分かりました」
その下。
追加のメッセージ。
「別の場所にします」
咲也は固まった。
額を押さえる。
違う。
そういう意味じゃない。
いや。
そういう意味なのか。
そもそも自分は何を言いたかったんだ。
混乱しながら、スマートフォンの画面を見つめる。
しばらく考えて。
結局、返信はできなかった。
初めてのコンシーラーに感動する45歳が書けて楽しかったです。
そして「首はやめてくれ」の一言が、思わぬ方向に伝わってしまいました。
咲也、頑張れ。




