12話 記憶のない日
ゴールデンウィーク最初の日。晴れて部として認められた我ら支援部最初の活動、それは花壇の手入れ。地味だけど、そんなもん、そんなもんだよ、気張れわたし。
進藤からは、今日9時、昇降口前の愛と平和像に集合と聞いていたが、まだ誰もいないようだ。わたし以外全員遅刻魔なのかこの部活。先が思いやられる。
土台含めて高さ約3m程度の愛と平和像が、昇降口前の広場の真中より影を落としている。低い3段の階段がその広場を取り囲んでいるせいで、そこは時々舞台のように見える。待つ間はただ耳をすませた。運動場でサッカー部がはっきりとした声で号令を叫び準備運動を始める。野球部が顧問の怒声を浴びている。運動場奥のテニス部は静かにネットを張っている。体育館からゴム製の靴底による高い摩擦音がテンポよく聞こえる。校舎の上の方からはまばらな楽器達のチューニング音。部活動はこうでなくちゃ、この音達は風にも負けない。
もう20分を過ぎた。集合時間は9時のはずだ。”4月29日、9時。愛と平和像前に。支援部最初の活動、花壇を彩る。” LINEにはたしかそのようなことが書かれていた。みんな遅いな。一人ぐらいもうそろそろ来てくれないかな。待ち人が来ないと心はこんなにも不安になるのだな。
それからもう10分が過ぎ、9時半。「おかしい、遅すぎる。わたしのミスか、あのカバの手違いか。後者ならば許さない」わたしは人を長い時間待つことが好きじゃないし、なにより得意じゃない。思い立ったそばからわたしは、正門の外に出てスマートフォンを掴みその電源を入れ、瞬時にLINEの画面を開いて進藤に電話をかけた。
1コール、2コール、3、(なんだ。どうした。)出た。「わたしは今学校にいる」(、、うん、はあ、そうか。おはよう。グッドモーニング」眠たそうだ、起こしてあげよう。「グッドモーニング!!!」(うるさい!なんだ、なんだこんな、こんな朝に)「なんだじゃないだろう。なぜまだ来ない」(え?どういうことだ。昨日何か約束していたか?)昨日?「昨日というか、今日9時から支援部の初めての活動として花壇を彩るのだろうが」(……うん?)「今日の活動はどうしたのだ。わたしは確かに今日の9時と聞いていたが。もしや何か手違いか?午後9時のはずがないよな」(……今日。真、日付を見てみろ、そして今日の日付を確認できたなら、俺の送った招集のLINEをもう一度見てみろ。というか、思い出せ、寝ぼけすぎだ)なぜこいつはこんなに冷静なんだ。「そんなことより、手違いなら手違いと言ってくれ、時間を無駄にしたくないんだ。」(いいから、言ったとおりに。記憶喪失か?)「ffっふぁああっっっkkksっすうぅぅぅ」危ない、危うくこいつをこの位置から瞬殺するところだった、紙一重で怒髪天を抑えた。ミソは気合いだ。これが本当のアンガーマネジメントだ。わたしは沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、ロック画面を見た。
刹那、何も見えなくなった。あんなに力強かった部活動の音も40キロで走行する車のタイヤの音も今は聞こえない。脳が、本能か感情か理性のどれかが、あるいはそのすべてが、この世界の真実にNOを突き付けた。時刻9時34分。大きくそう表示された数字の上には、4月30日金曜日。そう在った。
違う、違う、違う!「NOだ!」(なにがだ)なぜ進藤の声が。そう驚くと同時に電話を繋いでいることを思い出した。「違うんだ、違うんだよ!」(何がだ)「今日が」(今日は4月30日だ。昨日が29。お前も来ていたじゃないか)わたしが?「わたしが?どこに」(学校に。一緒にサルビアとマリーゴールドを植えただろう。1日丸ごと使って)わたしが?いつ?いつだよ「植えてない。」(植えたんだよ。今日は30日で、部活もなにもない)「そんなはずは、」そう言いながら今日の日付を表示したスマホを見ていた。(昨日を思い返してみろ)なにもわかっていない。わたしは必死に大声を出して少し遠くのグラウンドにいる、ストップウォッチを持って走者のタイムを記録している陸上部の女子マネージャーに尋ねた。「すみません!すみません!そう!あなた!今日は何日?!4月!4月何日?!」「え?、え、ええと、えっと!30日です!」「そうなの」「ぇえ、リアクション薄い」(真、昨日のことを思い返してみるんだ)昨日のこと。「…昨日は28日で、…学校があって、…帰って、…眠って、…そしたら今日が30日で、…毎日欠かさず捲っている日めくりカレンダーは今日は29日と示していて……。」(…)「でも、スマホもお前もこの世界の漠然とした雰囲気も、今日は、30日と言っている。なんで、なんでなの。今日は何日なの。お前はその29日に誰と花を植えたの。わたしは今どこにいるの」私立津藤高等学校と記載された銘板の傍らにうずくまった。血が涙に変わる時の熱が感情の昂ぶりを諫めようと努力している。人生初のパニックだった。
少し時間が経って心が虚無に近づいた。ロック画面をもう一度見た。9:51 4月30日 金曜日 「ははっ」唇が渇いているせいか、声も掠れていた。1日が丸ごと消えた。今のわたしにはそうとしか考えられない。未来のわたしは、どう生きているんだろう。「サルビアとマリーゴールド、植えたかったなあ。みんなと」「植えられるさ」まだ電話が繋がっていたのか。「進藤か」「ああ、また植えればいいだけだ。真」息切れがひどいな、なにをしているんだこの男は。それに、声が二重にする。一つはスマホから、もう一つは、「俺の家は結構近くてな。お前の様子が心配で駆け付けた」「上から声が」顔を上げるとそこには進藤がいた。息切れ真っ最中の。2秒ほど見つめ合っていると、スマホ同士が共鳴し始めた。「おおお、なんだこの音」驚いた進藤のおたまじゃくしのような口が気持ち悪い。でも。心が満ちていく。もう心に穴は開いていない。大丈夫。「ははっ」わたしは笑った。




