19 -失意-
「……なんだ、このひどい質のベッドは」
目覚めた私は、己が肌に触れる寝具が酷いものだということに気付く。
つまり、見知った宿屋では無いということだ。
そういえば、知らない天井だ。
試しに身体を起こそうとするが、何か違和感がある。
「せ、先生!冒険者さんが目を覚ましました!」
私の呟きが聞こえたか、身体を起こそうとした衣擦れで気付いたか。
近くにいたらしい女性が先生とやらを呼びに行ったようだ。
聞くに、アヤメによって運ばれて来た私を見たギルドは大急ぎで町医者の所へ私を連れて行った。
その後、1週間もこの酷いベッドで眠っていたのだという。
「1週間も、というが君の体内魔力や外傷から1ヶ月は目覚めないと思っていた。何か特殊なスキルでも持っているんじゃないか?」
......あぁ、《超睡眠》か。
あれのお陰で、かなり回復が早かったようだ。
「で、いつ出られるんです?今すぐにでも帰りたいのですが」
「本来であれば治ったのであればすぐにでも帰ってもらって構わないんだが……」
医者がその続きをいう前に、ドタバタといった音が部屋の外から聞こえた。
彼はその音の出処を知っているようで、部屋の扉を開けた。
「ルミちゃん、大丈夫!?どこも痛くない?魔力の感覚は?お腹空いてない?」
部屋に飛び込んできた女性は、私の顔を見るなり両手で頬をこねくり回してくる。
ここまで鬱陶しい心配性の知り合いは、一人しかいない。
「わっぷ……大丈夫です、ナドゥさん。だから離れてください」
「そうだ、またルミが意識を失うかもしれん。離れろ」
ダグレスも来ていたようだ。
遅れてやって来た彼は、いつものような胡散臭い笑みを浮かべていなかった。
双方から責められ、シュンとしているナドゥを横目に本題に入る。
「通常の地竜、ましてや幼体にお前がそこまでの重傷を負うとは思えない。何があった?」
「スキルを使う個体でした。ヴェーロン氏のスキルと似た、高速移動系のスキルです」
その情報にダグレスは、やはりかというように眉間をおさえた。
「アイツの《十戒・神速》と同じレベルの移動スキルなら、幼体とはいえBランクの冒険者の手に負えるようなものじゃないな。腕一本で済んだのは幸運だったと言わざるを得ん」
腕?
ダグレスの言葉を反芻する内に、自分の失ったものを思い出す。
「ぐっ……」
無いはずの腕が軋むように痛み、吐き気が込み上げる。
______私は、失った。右腕を。
一度思い出してしまえば、なぜ忘れていたのかわからないほど身体に違和感がある。
それに、体内魔力の損傷というのも理解した。
身体の中を巡る血液のような魔力が、うまく流れないのだ。
これでも治った方なのだとしたら、《安寧》を撃った直後はどれだけ損傷していたのだろうかと恐ろしくなる。
「ちょっと、マスター!ルミちゃんは傷ついてるんですから、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!」
ナドゥがダグレスを責めるが、彼の言い分を否定はしていない。
つまり、『分不相応な依頼を受け、大怪我で済んだのだから幸運だ』というのは紛れもない事実だろう。
「いえ、ギルドマスターの言う通りでしょう。少し慢心が過ぎました」
「それがわかってるなら、もう大丈夫だろう。で、これからの仕事はどうする?例の貴族のお抱えにでもなるか?」
それもまた、一つの選択肢だろう。
しかし、それでは究極の睡眠環境など夢のまた夢だろう。
私の求める睡眠は、金を湯水のように使っても簡単に手に入るものではないのだ。
「そのつもりはありません。継続して冒険者を続ける目処は多少立ってます」
私がそう言い放つと、ナドゥが何か言おうとするがその前にダグレスが口を開く。
「ほう?どんな?」
「義手……と言いますか、これの応用です」
私は糸を何本も束ね、腕の無くなった肩から生えるように生成する。
急拵えのそれはただの縄や綱にしか見えないが、これをうまく利用すれば腕の代わりくらいにはなるはずなのだ。
「なるほど。上手くいけば只の義手より圧倒的に取り回しが利くモノになるだろうな。期待してるぞ」
______そうか、この世界にも義手はあるのか。
いざとなれば、それを購入して参考にしても良いかもしれない。
そんな考えを巡らせながら、立ちあがろうとした私はバランスを崩してベッドに座り込んだ。
「ひとまずは、腕のない状態で普段通りに生活することだな」
「……ッチ、面倒な」
悪態をつき、糸で支えを作りながら立ち上がる。
身体のバランスが崩れる度にウネウネと支えに回る糸たちは、傍目に見ればさぞ気味が悪かっただろう。
私も、最悪の気分だった。
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