086 妖しい視線
晶は高い位置から金属製のポットの紅茶を手に持った白いカップに注いだ。
「他に怪しいと思った人はいる?」
融たちの部屋なのに、勝手にルームサービスで頼んで優雅にお茶を飲んでいる。
「妖しいといえば、フォレロード大佐。
あの男は容疑者の中でも最有力候補で間違いないでしょ」
紅茶と一緒に運び込まれてきた中からサンドウィッチを選んでいた美涼が話した。
「見た目の印象や、何となくそう思うと言うだけではなくて、ちゃんとした理由があるからそう言っているんだよな?」
融はチョコカップケーキを取りながら美涼に尋ねた。
「もちろんちゃんとした理由があるわ。
彼の職業は軍人なのよ。
帝国とは敵対している組織に属しているの。
優れた人工知能を持つロボットを破壊するのは、自由連合軍にとって利益になる」
美涼にしては本当にちゃんとした理由を述べた。
「そうかなぁ?
フォレロード大佐とあなたたちよりも数日だけとはいえ、長い期間過ごした私の感覚としてはそんなに悪い人には思えないけど」
晶は美涼の意見に納得がいかない様子だ。
「悪い人には思えない、ね。
フォレロード大佐の中では正義なのかもしれない。
自分の家族や祖国を守るためにロボットを破壊したのなら、それは彼にとって悪いことなのかな?
そう考えれば、晶の感覚と矛盾しないじゃないか。
正しい人が、正しいことをやっているだけだ」
そういってから融はケーキに齧り付いた。
「それでも私は違うと思う。
政治の絡んだ立場として、月城家の私たちと行動を共にしているのよ。軍人であったとしても、中立の外国で問題を起こせばどうなるかくらいわかっているはず」
晶が否定しようとした融の意見に美涼も賛成した。
「いいえ、彼は軍の人間なの。
たとえどんな命令であったとしても逆らえる立場ではない。
命令に疑問があってもそれに従うだけ。
それが正義」
融はカップケーキのおいしさに気を取られて、真面目に話を聞いていない。晶は、自分の感覚が間違っていないと伝えるために、フォレロード大佐の人柄について話してみることにした。
「彼は紳士だったわ。
今回の視察はもてなされる側の立場なのに、偉ぶったりするどころか、不慣れな私の手助けもしてくれるの。
気配り上手というか、よく周囲の様子を観察している感じ。
視野が広くて親切で大人な感じかしら?」
「そう!そこよ。
私ずっと気になっていたのだけれど、フォレロード大佐が月城晶を見る視線。なんか変じゃなかった?」
美涼はずっと思っていたことがある。
「変?どんなふうに変なの?」
「具体的に説明しにくいのだけれど、単なる知り合いの女の子に向けるものには見えなかったわ。
もっと親密な相手に向ける感じ。
妻とか恋人を見つめる様な!!」
「そうかしら?私は別にそんなことないと思うけど?」
「あなたが他の誰かと話している時とか、フォレロード大佐が見ているの。こっそりと、慈愛に満ちたような視線を。
いくらあなたが老けて見えるからって、中等科の女子に大人の男が向けちゃいけない類の視線だわ!」
美涼の今の発言の中に晶には聞き流せない所があった。胸の前で腕を組んで立ちあがる。
「老けているって……。
大人びているといってくれるかしら、何時までもお子様な体型のあなたと違ってね。
それに、あなたが感じる視線というのもきっと勘違いよ。
フォレロード大佐は確か既婚者のはずだから」
三個目のケーキを食べていた融も、さすがに食べるのをやめた。きっちりと否定できた晶は座り直した。
「うわぁ、鬼みたいな顔。
何でそこまで敵軍の大佐をかばおうとするのかしら?
妖しい。いつの間にか洗脳でもされているんじゃないの。
フォレロード大佐に潜入工作員の可能性も出て来たわ。
自由連合の陰謀に違いない。
あと、私の体型はスレンダーなだけですから、どっかのデブと違ってね」
「それは推理と呼べない。全部あなたの妄想でしかない。
美涼、あなた疲れてるのよ。
それに、大佐はロボットにそれほど詳しくないみたい。
工作員にそんな人が選ばれるかしら?」
その後も月城晶と波川美涼がギャーギャー言い争っていたけれど、融はそれどころではなかった。
(もしかして、月城晶が裏切る理由は男関係?
ナイスガイな逆ハニートラップで?
年上が趣味だったのか?しかも既婚者。
本当にそうだとしたら、晴はふられてしまう。
もしやここは重要な歴史の転換点では?
ああ、歴史書だけではわからないことが多すぎる!)
取っ組み合いのケンカをしていた二人はひとまず争うのを止めた。
「事件にかかわった決定的な証拠は無い。
でも、アリバイもない。フォレロード大佐も保留ということにしておきましょう」
「なんだか面倒になってきたわ。
もうこの際だから、脳波で精神状態測定して、一定数値以上が出たら犯罪者予備軍として消去しちゃえばよくない?
消去って言い方が悪ければ、絶交とかポンとか優しい言葉に言い換えてさ?
社会秩序を乱す可能性の高いやつをポンしちゃいました、的な?
機械にすべてを任せるのは心配だから、引き金は人間に引かせるの。
地上から犯罪被害者を無くせるんじゃないかしら」
「そしたら、その悪魔の提案をした波川美涼がまずポンなりカンなりされること間違いなしよ。
社会秩序が乱れまくりじゃない。
何もやっていない無罪の人を大量虐殺するってことになるのよ。
社会のために働く人間に一番ストレス与えてどうするの?
正義の執行官が精神状態を乱す結果になりかねないわ。
それに、言葉だけ言い換えても無意味ですから!
そんなのに騙されるのは原始人だけよ」
「罪を罪と思って無けりゃ、罰にならないんだよ。
人間の精神は数字に置き換えられるほど単純ではないと思う。
どんなに残虐な殺人を犯しても精神状態が全くぶれないやつもいるからね」
融の具体的な対象がいそうな発言に美涼が質問した。
「誰よ、そんな危ない殺人鬼は?」
(ごめんなさい、歴史上の僕です。死神融君です)
とは答えられない融は誤魔化すことにした。
「さあね。平然と国を裏切るやつだっているんだし」
融の具体的な対象がいそうな発言に晶も質問した。
「誰よ、そんな非国民は?」
(歴史上のお前だよ!!)
と心から叫びたくなったのを我慢して融は誤魔化した。
「一般論です」




