083 事件
ボンレスハムの状態になってから、どれくらいの時間が流れただろう。
暗く静かな部屋の中、融の寝息らしきすやすやと健やかな音がしているのに、拘束が緩まない。
「どういうことよ!
眠ったままでも、効果が続いているというの!」
不条理に怒ってはいるけれど、声は小さいままだ。
融がいきなり起き上がった。
驚いた美涼はとっさにギュッと目をつむり寝たふりを続ける。
「なんだ、トイレかということは、さっきまでは、寝たふり?」
すぐに手を洗う音が聞こえてきて、美涼は目を閉じて寝息を立てるふりをした。
「眠っているのかな?これなら大丈夫だろう」
美涼の拘束が解かれていくのがわかった。
今すぐ攻撃を仕掛けてやろうかとも思ったけれど、今はまだ拘束が解かれたばかりで体が強張っているし、何より油断していても融は起きているのだ。
美涼の寝たふりや反撃くらいは予想しているに違いない。
「待つのよ、私!
あいつが冬眠中の熊よりも深い眠りに付くまで、反撃の機会を待つの!」
美涼の言葉には思いが込められているけれど、その声は非常に小さい。
拘束は無くなっているのだ。
時間の確認もできる。
腕輪型の情報端末に時間を表示させる。
拘束されたままじっと耐えていた時間はとても長く感じていたけれど、まだ日付は変わっていなかった。
明日も万国ロボット博覧会の見学に朝から向かうし、旅の疲れもあるだろうからといつもよりも早く寝ることにしたのだ。
普段ならばまだ全然眠気もなく、起きている時間帯である。
「う~。どうしたことかしら。
眠いわ~。
このままでは、融よりも先に眠ってしまう!
でも、私の方が先に眠ってしまえば意味が無いし。
こうなったら、今から攻撃するしかない」
ウトウトしながら美涼は起き上がった。
枕を抱きかかえたまま、おぼつかない足取りでベッドへと向かう。
子供のように無垢な寝顔で融が眠っていた。
「なんだ、融も眠っていたのか。静かだから起きているのかと思って待っていたのに」
フラフラたどり着いたけれど、もうそこまでが美涼の限界だった。
「眠~い。もう、だめ」
前のめりにベッドに倒れ込み、意識が眠りへと落ちて行く。
十秒もしないうちにかわいい寝息を立て始めた。
どんどん。
翌朝、ドアを叩く音で目が覚めた。
美涼は自分の状態を確認する。
自分の隣に姿勢正しく仰向けで、すやすや眠っている融がいた。
美涼は自分で布団を被った記憶は無いのに、布団と毛布が掛けてある。これは、おそらく夜中に起きた融が美涼のためにかけてくれたのだろう。
美涼は丸まった胎児のような姿勢で眠っていたため頭が枕からずれている。
ドンドンとドアを叩く音が大きくなっている。
「何かあったのかしら?火災?事件?」
明日も月城晶やフォレロード大佐、研究者たちと一緒に博覧会を回ろうと融が口約束していたけれど、約束の時間にはまだ早い。
朝食のお誘いにしては、乱暴でせっかちすぎる気もする。
美涼は、何の警戒もなくドアを開いた。
ドアの向こうには、月城晶が立っていた。
「チッ、朝っぱらから嫌なもの見たわ」
晶に向けての発言ではなく、独り言だ。何も考えずに自然と口から出た言葉である。
「アホ面でアホなこと言ってないで早く支度なさい。
転法輪君が眠っているようなら、早く起こして」
晶はなんだか急いでいるみたいだ。
「いったいどうしたっていうの?
朝食には少し早いのではなくて?むしろこれから二度寝したいのだけれど。まだ眠いわ」
「いい?ちゃんと聞いて。昨日の深夜ごろ、事件があったの。
場所はロボット博覧会の会場内。
AH‐040エミリヤが殺されたの」
「殺された?
一体どういうことだ?」
いつの間にか融が起きだしていた。
「まだ私にも詳しい状況はわからないわ。
でも、最後にエミリヤに会ったのが私たちらしいの。
詳しいことは私にもわからないわ。結梨亜姉さんが二人にも伝えておいてくれって言ったから、わざわざ起こしに来てあげたのよ」
融たちが慌てて準備をして、ホテルのロビーに向かうとすでに二人以外の関係者たちが集まっていた。
その静かで厳粛な雰囲気は、まるでこれから葬儀に参列するかのようである。
会場までの移動のバスの中で誰も会話しなかった。
早朝であったため、まだ開門していなかったけれど、特別に関係者用通用口から入場した。
昨日とは打って変わって、静かすぎる会場内を進む。
豪華に見えた湖の城も、その中のことを思うと少し不気味な場所に見えた。
ここのカードキーを管理している社員の山名と、その上司の上地部長が橋の前で待っていた。
跳ね橋がゆっくりと降りていく待ち時間も葬儀の一環のように思えた。
自然と大人たちが前を歩き、子供である美涼たちは後ろに回された。
「見ない方が良いかもしれない」
先に事件現場を見たフォレロード大佐が気遣って晶たちにそう言った。
「ありがとう、でも大丈夫だと思います」
晶はそう答えて事件現場へと入った。美涼たちもそれに続く。
部屋の床に散らばっている物がいったい何なのか、はじめはよくわからなかった。
やがて、その中に白っぽい物が混じっているのを見つけた。
あれはエミリヤの肌の色である。人工物だけど、人間的だ。
その人工皮膚から、そのパーツが元々はどこだったのか推測できる。太ももや背中など、大きい部品の塊はかえって人間的に感じにくかった。
むしろ、美涼や晶にとって、小さいけれど精巧に造られた手のパーツを見つけた時の方が衝撃は大きかった。接続部から機械的なコードやワイヤーがはみ出ていなければ人間の体にしか見えないのだ。内部がむき出しになっている部品の方が非人間的で安心できる。
部屋の端に置かれた丸みを帯びたもの。球が半分に割られたそれを発見して、やっとこれがエミリヤであると理解できた。
白っぽい髪と、美しい顔。
頭が半分に割られていた。
「最後に会った皆さんの中で、何かお気づきになったことなどはありませんか?」
山名が部長を代弁するように尋ねた。
「保険等の契約上、わが社はこのあと警察とも合同しての調査をしなければなりません。
出来れば皆さんには調査に御協力していただきたいのですが」
「期間はどれくらいかな?」
「調査の進行状況にもよりますが、一週間程の予定です」
結梨亜とフォレロード大佐が視線をかわす。結梨亜が小さく肯いた。
「わかりました。我々は滞在を延長します」
そう答えたフォレロード大佐に山名と上地部長は頭を下げる。
「ご協力に感謝します」




