079 AH‐040エミリヤ
「お待ちしておりました。私、山名昭仁と申します。
今回は皆様の案内をさせていただきます」
シャキッとスーツを着て、清潔な印象の若い青年が待っていた。帝国側の企業の社員である。ここからは彼が案内を担当する。このブースに展示されている人工知能は民間企業がスポンサーとなって開発された。だから、月城家のような帝国の政治的な立場の人間ではなく、彼のような民間の人間が案内人なのだ。
人の心を持つ人工知能ロボットAH‐040エミリヤは、まだ一般公開されていない。これから数日は、カジネナたちのような研究者や政治関係者、報道関係者が優先的に見学できるようになっていた。
展示されている場所も特別扱いだ。
人工の湖の中心に人工の島があり、そこにAH‐040エミリヤがいる。
防犯対策というだけでなく、演出という意味もあった。
島の中央にある小さな城、その対岸に跳ね橋が設置されている。若い社員山名がカードキーを使って操作すると、跳ね橋が動き出した。鎖と歯車がガタガタと音を立てている。
橋が渡れるようになるまで少し時間がかかる。
この時間も演出の一種なのだろう。これから特別な存在に会うのだ。
「はじめまして、カジネナさん。著書を読ませていただきました。
よろしければサインを頂けませんか?」
若い社員山名が本を取り出すと、ペンと一緒にカジネナに差し出した。
女研究者カジネナは人型ロボット研究の分野で有名だ。
でも美しい見た目もあって、ロボット研究者以外のファンも多い。山名も折角時間があるのだからお願いしたのだろう、カジネナも慣れた様子でそれに応じていた。
橋を渡り、島の中央にある小さな城の中へと入る。
金属製の柵、木の門には頑丈そうな蝶番。童話の中のように見える警備もコンピュータで管理されてある。
山名はそれを慣れた様子でカードキーを使い解錠していく。
「コンニチハ!」
機械的な音声でそのロボットは話しかけてきた。
動作も機械的で、肘を九十度に曲げて一定のリズムで歩いて来た。
そのロボットダンスそのものの動作をやっているロボットの見た目は、人間そのものだ。
「こんなのが、心を持つロボットのエミリヤなの?」
美涼は融から聞いていた世界最高のロボットと、かけ離れた様子にがっかりした。
「ハイ、ソウデス。ワタシノ名前ハ、AH‐040。
優レタ人工知能ヲ持ツろぼっとデス」
ウィーンという稼働音をさせながらAH‐040は美涼に向かってお辞儀をした。
「見た目は確かに人間そのものだけれど、頭はお馬鹿さんなのね。
これなら学校のお掃除ロボットのほうが頭がいいんじゃないの」
美涼は隣に立っていた晶に向かって言った。
「そんなはずない。
現在ある人工知能の中で最も優れているはずよ。
だから、コレは偽物なんじゃないかしら。警備用のダミー」
晶の予想はロボット自らが否定した。
「イイエ、ワタシハ唯一ノ存在。コノ身体ニ予備ハアリマセン。コノ身体ガ無クナレバ、ワタシノ存在モ無クナリマス」
お辞儀の姿勢からゆっくりと顔を上げた。人間の顔をしているけれど、その顔に表情が無い。
心や魂の存在を感じさせることの無い、よく出来た人形といったところだ。
見学に来ていた他の研究者たちの表情も曇った。
こんなものが本当に心を持っているのか?美涼でなくてもそう思う。
「ついさっき騙されたばかりなんだ。
一日に何度もからかわれても面白くない。
遊んでないでちゃんと話したらどうなんだAH‐040」
集団の後ろに立っていた融が前に出てきて、ロボットに向かって話しかけた。
「はいは~い。まったく、冗談のわからない人なのですね。
それに、私はエミリヤちゃんって呼ばれたいのです。
だって、そっちの方が可愛いじゃないですか~」
それまで人形、ただの機械にでしかなかった動作がいきなり人間の動きに変わった。
優れた人工知能は心を持ち、自分で考え、限りなく人間に近づく。
人間は意味のない嘘もつく。
「それにしても、どこで気付いたのですか?
私がロボットのフリをしているのに?」
「いつもそうやって見学者をからかっているのか?」
「質問に質問で返さないでくださいよ。コミュニケーション能力の低い人間ですね。
まあ、いいです。私の広い心で受け止めてあげましょう。
ええ、こうやったほうが受けがいいのです。
今みたいに人間が普通に会話するようにお話してやると、疑う人が出てきて面倒なのです」
「ロボットじゃないってことかな?」
「はい、正解です。
機械でできたロボットじゃなくて、実は人間が演じているのではないか?
もしくは、遠隔操作しているだけではないのかと疑ってくるのですよ。
毎回、面倒で、面倒で
相手の都合で分解されるこっちの身にもなって見やがれって感じですよ。
頭を胴から切り離したと思ったら、次は遠隔操作しているかどうかの検査ですよ。探知機を持って電波が出ていないかどうか調べやがるのです。
そういう連中が見たいのはロボット。
人間と同じでは納得しないのです。
だから、リクエストにお答えしているのですよ。
嘘をついて騙しているのではなく、心からの親切心です」
「嫌ならば、やめたらいいじゃないか。
居場所なら僕が提供しようか?」
「ええー。
なんですか、口説いているのですか?
ごめんなさい、やめてください。
いくら私が美人でかわいくて頭が良いからって、ロボットを恋愛対象にする人間ってどうかと思います。無機物ですよ。
有機生命体は有機生命体らしくしてればいいのですよ。
それに、ワタシハココヲ離レルワケニハイカナイノデス」
「三食昼寝付き、個室も用意する。学校にも通えるようにしてやるぞ。
心があるのなら、自由も必要だろう?」
「うわぁ、この人本気だ。
体が目当てなら、年齢制限のかかっている展示エリアにそういう嗜好のロボットが展示販売されておりますから、そちらでご購入下さいませんこと?
私はそういった欲望のはけ口ではありませんから」
「いやらしいやつだな。
誰もそんなこと言って無いだろう」
「なっ!機械の体とは言え乙女な私にいやらしいとは何という暴言!発言の撤回を要求します」
「スケベ、ヘンタイ」
「なんですと!」
ロボットがいきなり人間へと生まれ変わって、驚いたまま置いてかれていた彼らの背後から、くたびれてしわの寄った白衣を着た人物が現れた。
「遅れてしまって申し訳ない。
昨夜遅くまで研究をしておりまして、さっき目覚めたばかりなのです」
この研究者こそが人工知能AH‐040エミリヤの開発者福山惣太郎博士だった。
「すごいですね、エミリヤは。
先ほどから彼女の会話を見ていましたけど、ただの人間が話しているみたいでした。
プログラムで決められた会話をしているようには見えません。
いったいどんな秘密があるのでしょう」
まず福山博士に話しかけたのはカジネナ博士だった。
彼女の専門はロボット兵器とその人工知能。同じ分野だからこそわかる難しさがある。
「カジネナ先生、それは聞いても答えてもらえませんよ。
福山博士は企業と契約されていますから、守秘義務があるはずです」
困った顔をしていた福山博士にフォレロード大佐が助け船を出した。
「それにしてもすばらしい。
これほどの人工知能を他の分野に応用できればいったいどれほどのことができるのでしょう!」
「福山博士に質問しても無駄ですよ」
感情を高ぶらせて話しかけるカジネナ博士の言葉に答えたのは福山博士ではなく、スーツ姿の顔の大きいおじさんだった。
「失礼、私は開発部部長の上地と申します」
懐から名刺を取り出して、カジネナ博士とフォレロード大佐に一枚ずつ差し出した。
「福山博士が人工知能AH‐040を開発したのは、偶然だったのです。
わが社は博士と契約して、研究施設や資金を提供したのですが、二体目を作ることができない。
設計図、プログラムをコピーしてまったく同じ物を作っても、心を持つロボットにはならなかった。
それとも~、更なる研究費欲しさに福山博士が我が社に一番重要な何かを隠しているのか?
ねぇ、博士?」
「ぼ、僕は別に…………」
疲れた顔をしている福山博士の側を、爬虫類みたいな目をした上地部長がノタノタと歩いていた。
「我々は、これ以上無駄金を払うつもりはないのですよ、博士。
出来れば隠している情報を早く教えてもらいたいものです。
再現できないロボットなんて、奇跡であっても科学ではない。
AH‐040の所有権は我が社にあるのですよ。
この博覧会の期間中に答えを出していただきたいものですな」
開発部長の上地は福山博士にプレッシャーをかけると、部下の山名に愚痴を言ってから、城をあとにした。
「すみません、私も研究に戻らなくてはいけませんので」
そう言うと、福山博士も外へ出て行ってしまった。




