078 研究者たちの食卓
正午前、店の前には行列ができていた。
列の最後尾に立っている人にはこの列の先に何があるのかわからないだろう。
月城結梨亜の案内でその店の裏口から入る。
裏とはいえど従業員通用口とは違う。戸を開けて入ると、客をもてなすように出来ている。表側よりも高級な印象だ。
人間の従業員が現れて、案内されるまま細い階段を上ると落ち着いた色の木の扉があった。部屋の中には白衣を着て身分証を首から提げた人が三人座っていた。彼らが研究者なのだろう。
そのうちの一人は融たちの到着を待っていられなかったのか、すでに注文した料理を食べていた。
「大佐、遅かったね」
口の中に押し込むようにして食べていた白衣の男が食っていた物を飲み込んでから言った。
「待ちきれないんで先に食べていたよ」
融と美涼があっけにとられていると、大佐と呼ばれた大柄な男が自己紹介を始めた。
「おっと、まだお互いに自己紹介をしていなかったね。
僕はフォレロード。自由連合軍の軍人で、大佐だ。仕事の詳しいことは秘密にしておかなくちゃいけないのでね。
僕のおもしろい武勇伝を食事中に語ってあげたいところだけれど、決まりは守らないと。こう見えて真面目なのさ」
全員が席に着いた。一人立ちあがって自己紹介していたフォレロード大佐も椅子に座る。
「自由連合軍の大佐が語る武勇伝、その相手は帝国軍になってしまうじゃないか。帝国の子供たちにその敵が活躍した話をしても仕方があるまい。
こうして仲良く食卓を囲っているが、政治的には敵対関係なのだよ」
自己紹介をしていたフォレロード大佐に、白髪の老人がそう言った。
「先生、子供の前じゃないですか。
そうだ、彼らのことを紹介しておこう。
こちらの紳士はキルベルセン先生。自由連合の研究者で、生体兵器の権威だ。
僕の説明じゃよくわからないかもしれないが、とにかく偉い学者先生だと思ってもらえればいい。人をからかってその反応で楽しむという面倒な癖のある人だから、聞き流して欲しい」
フォレロード大佐は残りの二人の研究者の紹介を始めた。
鋭い目つきのプライドが高そうな女性が座っている。年齢は40過ぎくらいだろうか、きっちりとした格好なのにどこか色気を感じさせる。
「奥に座っている彼女がカジネナ先生だ。
とある企業のロボット開発部の筆頭研究者。
つまり、白衣が似合う美人研究者だ」
カジネナは、大佐のいいかげんな紹介に少し笑みを浮かべていた。
「最後の一人が彼、ランツ先生だ。
僕たちのことを待たずに昼食を食べている不健康そうなデブ。
こんなのでも人型搭乗兵器の研究では天才と呼ばれていたりする」
ランツはフォレロード大佐と同年代くらいに見える若い男だ。
研究者としてはかなり若い。
交代して月城結梨亜が融たちの説明をすると、名字で彼らも代表会議の名家の関係者だとわかったようだ。一瞬、大人たちの表情が少しだけ変化した。
お互いの紹介の合間にメニューを見てそれぞれの昼食を注文した。すでに食べていたランツは追加注文している。
イアリ国の名物は魚料理だ。
自分たちの住んでいる地域では見慣れない形の魚。
鮮やかな青い色をして、平べったいその魚をそのままフライにしてあった。
「なんでお皿の上に魚が立てて置いてあるのかしら?」
美涼はフォークで魚の頭をつついた。
料理の盛り付けは、平たい魚の内臓を取り出しお腹の部分で垂直に皿に立つように、揚げる時の形を整えてあった。
「どうやって食べるのが正しいマナーなのでしょう?」
女性研究者カジネナも異国の料理に戸惑っていた。隣の様子をのぞき見ている。
「腹に入れば一緒さ。普通に食べればいいのだよ」
頭としっぽを手づかみにして魚に齧り付いたのはランツだ。
油やソースの付いた手でそのままパンをちぎって食べている。
フォレロード大佐は魚を皿に寝かせると、そのまま普通の魚料理と同じようにナイフとフォークで食べ始めた。月城晶も同じようにして食べている。
「なんで倒してから食べるのが正解なら、はじめから立たせない方がいいじゃないの。作る時も、運ぶ時もめんどうじゃない」
美涼は納得がいかなかった。
融と結梨亜とキルベルセンは肉料理を注文した。現地語らしい呪文みたいな料理だ。融は二人と同じものを、と言って注文した。
「このソースは何だろう?」
二人と同じ物を頼んでみたけれど、融はこの料理を初めて見る。どんな味の料理なのか全然想像がつかない。
見た感じでは骨付き肉のステーキだ。香草で香りづけしてある。
「このソースはこの国独自の物よ。
発酵させた豆、形が無くなるまで煮込んだ野菜、香辛料。
とってもおいしいの」
融の隣に座っていた結梨亜が、ソースの説明をしてくれた。
「なるほど。黒っぽい色をしているけどいい匂いがしておいしそうだ」
融はソースの入った容器に顔を近づける。手で煽いで臭いを確かめる。
「このソースは肉だけではない。
魚に野菜やライス、何にでも合う。こうやって思いっきりかけて食べるのが、この国の流儀だよ」
白髪の老人キルベルセンが融にそう言って、ソースが入った容器を手に取ると、皿の上の肉にドバッとたっぷりソースをかけた。
それに倣って結梨亜もたっぷりとソースをかけた。
ナイフで肉を切り分けて食べる。
「おいしい」
「さあ、転法輪融。キミも肉にかけて食べたまえ」
笑顔で勧めてくるキルベルセンを見て、融は何かを感じ取った。
(嫌な予感がする!!)
ニコニコしている結梨亜とキルベルセンが怪しい。
積極的に勧めてくる彼らには従わず、ほんのちょっぴりソースを垂らす。ナイフで切り分けてちょっぴりソースが付いた肉を口に含む。
「辛い!口の中が熱い!!水!」
融はあわてて氷水の氷を口に含んだ。
「あっははははは。いやー、やり過ぎてかえって怪しくなってしまったかな。もっと口いっぱいに頬張らせてやりたかったが、これはこれで成功だろう。
いたずらは楽しい」
キルベルセンは笑いながら激辛ソースのかかった肉料理を食べている。
「ごめんなさい、転法輪君。
同じ料理を注文した時、キルベルセンさんから合図があったの。冗談の好きな人だから」
笑顔で謝る悪戯の共犯者、結梨亜も平気な顔をして激辛ソースの肉料理を食べている。
ほんのちょっとしか食べていないはずの融が一番被害を受けていた。
(甘さと冷たさで、口の中が元に戻ってきた)
口に残った辛さがなかなか消えてくれない融は、氷菓をデザートに頼んで、熱くなった口の中を冷ました。
このあと彼らは人の心を持った人工知能の見学に行くらしい。
融と美涼も彼らに同行することになった。




