074 謝罪と花
月城結梨亜が受験勉強をしていた。
受験勉強をがんばっているのは学年主席としてのプライドなのだろう。どんな試験でも一番でありたいのだ。
その日は図書室で歴史の勉強をしていた。
転法輪融が結梨亜に話しかけてきた。文化祭以降二人の距離は縮まり、恥を見せたおかげなのか融は自然に結梨亜と話せるまでになった。
融も成績がいい。
前世の記憶とでもいうべきか、魂の上書き能力のおかげで他の生徒よりも長く勉強した知識があるからだ。
特に歴史は大得意だ。命がかかっていたから他の教科とは磨き方が違う。
学年主席の上級生よりも詳しい自覚がある。
「そこの問題の答え、間違っていますよ」
融にとっては、軽い日常会話のきっかけと親切のつもりなのだけれど、下級生に勉強の間違いを指摘され、学年主席のプライドに傷が付いた。
問題集から挙げた結梨亜の顔が笑顔だったのは、彼女の鍛え抜かれた自制心の賜物である。
融はそんなことに全く気付かず、仲良くなろうと答えの解説をして、結梨亜の勉強の邪魔をしていた。
(あのころは気軽に仲良く話せていたのに、ついに卒業式になってしまった。
今日が関係改善できる最後のチャンスだ!がんばるぞ)
この学校の卒業式は、在校生は参加しない。
式場内にいるのは教師と卒業生、それとその保護者たちだ。
卒業式に参加できる在校生は送辞を述べる新生徒会長だけである。
その日一、二年生は休日ということになっている。
だから、先輩の見送りをする気の無い波川美涼のような生徒にはただの休みだ。
在校生たちは式場の外で、式が終わり、卒業生たちが外に出てくるのを静かに待つ
月城結梨亜が出てきたのはすぐにわかる。
彼女にあこがれる下級生たちの歓声が聞こえるからだ。
プレゼントや花束や手紙を差し出す生徒が続々と集まってきた。
結梨亜の制服姿はいつもよりも気合が入っていて、美しく見える。髪や化粧にもいつも以上に時間をつかったことだろう。この格好をするのも今日で最後。
この日この場の主役は彼女なのだ。
「結梨亜姉さん、御卒業おめでとうございます」
そこに妹の月城晶が現れた。
生徒会長としての仕事を終え、一生徒、一人の家族として現れた。
それまで集まっていた結梨亜への視線を晶が持っていく。
美しい姉妹愛。
晶が結梨亜の卒業を祝福して、麗しさを束ねたような花束を手渡した。
その光景は別の式典の一部であるかのようだった。
晶からの贈り物に結梨亜も笑顔になる。
それから、写真撮影を頼まれていた。
結梨亜が卒業生や在校生の彼らといっしょに記念撮影をしていると、妹の晶も一緒にどうですかと提案された。
晶と結梨亜が並んで写真に写る。
主役は彼女だったはずだ。
でも、断ることなんてできない。
そんなところに現れたのが融だった。
出てくるタイミングを見計らっていたのではない。
本当は一番に出てきて許してもらおうと思い、始めからずっと待っていたのだ。
結梨亜が出てきたら後輩連中に素早く囲まれ、その次は晶が出てきて、それから写真撮影会が始まってしまった。
このままでは何も言えずに卒業してしまう。
融が進もうとしたら、人混みがパッと二手に分かれて道ができる。
別に練習していたわけでもない。
番長が前生徒会長に思いを寄せているという噂を融たち以外のみんなが知っている。
結梨亜へと融がまっすぐ近づく。
晶は不満そうな顔をしている。義姉を守るために飛びだそうとしたら、その結梨亜に制されてしまった。
融はこんなことになるとは思っていなかったけど、いまさら引き返せなかった。
人混みに紛れて、こっそりと近づき、さらっと謝って、ぱっと許してもらう予定が崩れ去る
大きな声で話せばその内容が筒抜けになってしまう。
照れている融は結梨亜の耳元に近づいて、小さな声で囁いた。
「遅れた、すまない」
融は背中に隠していた一輪の花を取り出した。
「僕にとって、特別な一輪だから」
結梨亜の手をとって、その花を握らせる。
渡し終えた融は、結梨亜から一歩離れた。
結梨亜のすぐ後ろに控えている晶がにらみを利かせているのに気が付いたからだ
融が結梨亜の顔を見ると、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれおちた。それをきっかけに次々と涙が流れ、止まらなくなった。
融に限らず大抵の男子は女の子の涙に弱いものである。
ちゃんと謝れたと思っていたのに、女の子を泣かせてしまった。目撃者も多数いる。
なにより、妹の晶の顔がすごいことになっている。このまま融は殺されてしまいそうだ。
結梨亜以外には融が何を言ったのか聞こえていなかった。
ただでさえ目立つ生徒なのに、さらに注目が集まっていた。
卒業式とは言っても、エスカレーター式の学校なのだ。
ここまで号泣する生徒は珍しかった。
また会えるはずなのに、まるで永遠の別れのように泣いている。
「それじゃあ、また」
融は逃げた。
自分に向けられる好奇の視線と、鋭い殺気に堪えられなかったのだ。
その日の出来事をきっかけに番長が結梨亜に付きまとっているという噂の内容が変化した。
結梨亜が番長に惚れているという噂が広まった。
別の噂では、月城結梨亜が融に振られたから泣いていたというのもあったけど、真偽は不明とされた。
噂の存在を知らない融は、結梨亜にちゃんと謝ったのに月城晶から殺気のこもった視線を向けられることを理不尽だと感じていた。




