070 仮装
武器ロボット研究同好会はロボット部に名称を変えて文化祭に参加していた。
ロボット部の今年の文化祭の出し物は、小型ロボットを狙う射的ゲームだ。
部が正式に認められてから文化祭までの時間がほとんど無かったため、準備に時間がかけられなかった。
部室に飾ってあったエアガンと、しまってあった小型ロボットを急きょ改良して作ったのだ。
部室の引っ越しの際に出てきた、要らないものを景品とすることで新しい部室も片付いて、一石二鳥のアイデアだった。
融はロボット部の出し物の準備に積極的に参加した。
鏡子にも手伝わせて、甘野の意識を変えられないか試してみたのだ。
その試みは失敗した。
融の呼び出しに応じて手伝う鏡子は、甘野の視界に入らない。彼には恋人の河合千草がいつも隣にいた。
鏡子にとっても、甘野敏はたくさんいる先輩の一人でしかなかった。
もはや、融の知る歴史通りに二人が結婚する可能性は皆無だろう。
苦悩する融とは違い、甘野敏はとても幸せそうだった。恋人の河合千草と一緒に文化祭を見て回るつもりらしい。
(もう、甘野敏と雪村鏡子の関係を進展させる計画は諦めよう。
あの幸せな恋人たちを引き裂くなんて僕には出来ない。無理。
なにより、鏡子が甘野先輩にまるっきり興味が無い。
一応、鏡子の悲劇の運命は回避されるはずだ。信じよう)
部活の方にかかりっきりになっていた融は、美涼から当日クラスの出し物を手伝うように指示されていた。
(なんだか、嫌な予感がするから行きたくない。
でも、サボったらあとが面倒だろうな)
融はしぶしぶ教室に向かった。
「遅い!」
クラスの出し物は、着せ替え体験と書かれていた。
美涼と杏菜がクラスを主導していた。
貸衣装屋で余っていた様々な衣装を美涼たちがレンタルしてきて、それを希望者に貸し出すのだ。
衣装を着て記念撮影ができたり、校内限定で着て歩くこともできる。
「融はなにも手伝わなかったのだから、仮装して校内で宣伝して回りなさい!
わかったかしら?」
「はいはい」
杏菜が持ってきた衣装は鎧兜に日本刀だった。
「これでいいかな?」
目立つ衣装だったけれど、融からすれば着ることに抵抗を感じない。
文化祭というお祭りの中でなら、これくらいは問題無かった。
「どうやって着たらいいのか、それがわからない」
「大丈夫、大丈夫。私が手伝うから。
じゃあまずは、更衣室でパンツだけになってね。脱いだ服はこれに入れてね」
融は言われるがまま服を脱いで箱に入れた。素直に従ったのは、何も手伝っていない罪悪感のせいもあった。
「脱いだぞ」
融がカーテンの向こう側に声をかけると、スッと制服の入った箱が何者かに取り上げられた。
「ふっふっふ。この時を待っていたわ!」
カーテンの向こうに誰がいるのかは、声とシルエットで丸わかりだった。
「いいから、早く着替えをよこせよ」
カーテンの隙間から渡された着替えは鎧兜では無かった。
「何のつもりだ、これは?」
中等科の女子の制服が入っていた。
「融。あなたには二つの選択肢があるわ。
大人しくその制服を着るか、それともパン一で文化祭を過ごすかよ!」
美涼たちは、前々から融を女装させたがっていた。
そんな時にチャンスがやってきたのだ。これを逃すわけが無い。
「まあまあ、融も怒らないの。今日は文化祭、お祭りだよ。
こんな日ぐらい女装してもいいじゃない?ね」
融は、諦めて着替えた。
彼女たちは冗談を言っているようで、実は本気だった。
それを感じ取った融は逆らわない方がいいと判断した。
歴史改変失敗で、落ち込んでやけになっていたのかもしれない。
「なあ、このカツラも被るのか?」
「うん、そうだよ。融の髪色に近いやつをわざわざ選んで来たんだから!」
「おい、さすがに下着までは着替えないぞ」
「下着?ねえ杏菜、私の計画にそんな物無かったわよ?」
「あった方が可愛いかなって思って!お気に入りを持ってきたから美涼も納得でしょ?」
「……?あ、お気に入りって、あんたまさか私の」
杏菜と美涼が言い争っていたら、融が出てきた。
「融、あとは私がメイクしてあげるよ!」
杏菜は化粧道具を出した。でも、それは美涼に止められた。
「ねえ、なんかこれ、別にお化粧しなくても十分なんじゃないの?」
「うーん、そうかもしれないけど、それじゃ私が面白くないの!」
杏菜にうっすらと化粧を施されて、融が完成した。
「完璧!とってもかわいいよ、融、かわいいよ」
「恥ずかしい写真撮られまくった私の恨みを思い知るがいいわ!」
美涼は自身の腕輪型端末で女装融を撮影していた。
融の姿には照れが無い。映像を記録されていても、堂々としていた。カツラの長い髪を指でいじっている。下手に反応すると余計に面倒なことになるとわかっているのだ。
「あれ、融はまだ来ないの?仮装させるって張り切っていたじゃない」
大紋長袴に烏帽子を被った進馬がビラ配りから戻ってきた。
彼は融が目の前にいることに気が付いていない。
「……」
「あんた、本気で気付かないの?」
「めちゃめちゃ可愛くなっているじゃない!」
二人にそう言われて、進馬は指さされた方を見た。
「…………? うん?
うわっ!この子が融か!全然気が付かなかった!
いや、これはすごいよ。何コレ、特殊メイクでもしたの?」
「私たちも驚いているのよ」
「ほとんど何もしてないよ。素材そのままなのにコレだよ。すごいよね」
それから、融はプラカードを持って校内を宣伝して回ることになった。
美涼はニヤニヤしていた。
その美涼に融が近づいて、耳元でポツリと囁いた。
「必ず、仕返しするから覚えていろ」
美涼の背中に嫌な汗が流れた。冷たい声には女性めいた艶っぽさと、凄味があった。
「あんたは昔から、静かに怒った顔が一番怖いのよ!」
プラカードを持って教室から出て行く融の背中に、美涼は何とか言い返せたけれど、その足は震えていた。




