064 演劇の準備
夏季休暇が始まっても、学校に残る生徒もいる。
家に帰りづらい事情がある生徒や、部活の合宿訓練がある生徒以外にも、寮に残っている生徒たちがいた。
月城晶のクラスの生徒たちもその一つだった。
彼らが残っているのは、二学期にある文化祭のクラスの出し物の演劇がその理由だ。
月城晶と佐々倉晴は二人で学校を抜け出して、街で買い物に来ていた。
晴が長年の思いを晶に告白して、ついに願いがかなったからこうしているわけではない。
クラス演劇の監督兼ヒロインの立場の晶と、裏方で小道具を担当している晴が演劇に必要な衣装や、小道具の材料になりそうな物を買いに来たのだ。
晶は、鋼に買い物に付き合って欲しいと頼んだのだけれど、こんな炎天下で外に出たら市街戦で死ぬと断られてしまった。冷房の効いた室内から出たくないらしい。
晶がそれを言うなら紫外線だろうと思っていたら、親友が断ったのを見計らって月城晶のお友達たちがお供を立候補してきた。
クラスの人気者も大変だ。
でも、晶が買い出しに行こうとしているのは、そんなクラスメイト達の前で張り続けていた気持ちをいったんリセットしたいからだ。尊敬のまなざしを向けて来る連中を連れ歩いても、リラックスできない。
晶はとっさに、最近親しくなった晴に目をつけた。ちょうど晴の担当は小道具だった。
クラス内の階級上位にいるお友達たちは、大抵が名前のあるセリフの多い役を演じることになっている。
晶はヒロインとはいっても、途中と最後に主人公と絡むだけの役でしかない。ヒロインが出ないシーンの練習を指示して、後のことは檻宮に頼んだ。晶が名指しでクラスのことを任せれば、檻宮は喜んで仕事を引き受けてくれるし、その仕事も安心して任せられる有能な子だ。
晶は晴と一緒に学校から町に降りてきた。
学校の近くにある街は、よく寮に住んでいる学生たちが買い物に来ている。学生のための町だと言いきったとしても過言ではない。
教科に必要な学用品から、各学校行事に必要な物まで取りそろえている。
文化祭での演劇用の衣装なんていう物ももちろんある。
中世風のドレス、軽量強化樹脂製の甲冑、着ぐるみに、ファンタジーっぽい民族衣装、ミュージカル用の踊りやすい衣装まである。
価格的な理由から学生が購入するには難しいものもあるけれど、レンタルも受け付けている。
そんな品ぞろえ豊富な衣装を取り扱っていても、月城晶監督のイメージする衣装は無かった。
晶のクラスの演劇は、よく演目として取り扱われる悲劇な名作や誰もが知っている童話を元にしたものではない。
数百年以上前のSF小説で、未来社会を描いた作品を演じることになっていた。
見た目が人間そっくりな心を持ったロボットたちがいる想像の未来社会。
殺人の罪を犯したロボットたちと、そのロボットを追う捜査官の主人公の男。
昔の人が想像していた未来を、現代風にアレンジしたいと巨匠こと月城監督様は構想を練っていた。衣装も、普段使っている制服をアレンジした方が面白いのではないかと監督は思いついた。
監督の要求はさらに続く。
「ラストシーンには鳩を飛ばしたいわ」
「ハト?」
「白いやつを一羽!」
SFっぽい小道具になりそうな物をごちゃごちゃ買い込んだ。本物の鳩よりも鳩を模して造られた飛行ロボットの方がお手軽だったので、晴が監督と交渉してそちらに決定した。月城晶監督的には、割り箸も必要らしい。
大量の荷物は、晴と晶が協力してもさすがに持ち切れない。
そこで、あらかじめ準備しておいたのが、学校に置いてあった輸送用ロボットだ。大まかな外観は多脚戦車に似ている。デザインの元になった生物はスカラベだ。
四本の移動用の足と、荷台を押すための長い二本のパワーアーム
学校までの長い坂道さえも、重い荷物を押してぐいぐい登っていくことができる。
長い坂道の中ほどでいきなり輸送用ロボットがその歩みを止めた。
自身の中にある構想をまとめるためなのか、クライマックスの殺陣について、晴に熱く語っていた月城晶監督も足を止めた。
「おかしいわね、故障なのかしら。
姉さんにお願いして生徒会経由で学校から借りたロボットだから、壊すと私が叱られるのよ。
どうしよう。もっとがんばりなさいよ」
晶はそう言うと、ロボットの頭のように見える部分をバンバン叩いた。そこに人工知能が搭載されているらしい。機械が壊れても叩けば直ると思っているのだろうか?
「あ!動き出したわ。そうよ、学校はもうすぐそこなんだから、ちゃんと最後まで働きなさい」
「そんな馬鹿な、あれで直るはず無いのに」
ロボットはその場でぐるりと半回転すると、パワーアームで支えていた荷台部分をポイと放してしまった。
車輪付きの荷台は、荷物の重さもあってグングン加速しながら坂を下っていく。
「だ――!もう、何よ、叩いたから怒ったのかしら?
私は荷台を追いかけるから、佐々倉君はロボットのことをお願い!」
走り出した晶に、晴はわかったと返事をすることしかできなかった。
「はぁ、何でこういう時にパッと動けないのだろうな、僕は」
突然の事態にもすぐに判断して行動できた月城晶に、惚れ直すと同時に何もできなかった自分を晴は恥じていた。
「さて、どうしようかな。僕にはロボットを直せるだけの技術も知識もないし。誰かを呼んで手伝ってもらおうかな」
晴は自分の腕輪型情報端末を起動して、クラスメイトの誰かを応援に呼ぼうとしていた。
だから、ロボットを見ていなくて油断していたのだ。故障して動けなくなっていると思っていた。
輸送用ロボットは、パワーアームを動かして晴を殴りつけた。
本来なら安全のためにパワーアームはゆっくりとしか動かないはずなのに、それも壊れてしまっていた。
強力な金属の腕に殴られて、晴は通学路の歩道の鉄柵に叩きつけられた。細い金属の柵が晴の体がぶつかった衝撃で曲がっていた。
晴の意識は薄れていた。
晴は自分が何をされてどうなったのかさえわかっていない。衝撃と痛みのせいで上手く呼吸できないでいた。
晴の頭の中に走馬燈のように浮かんできた記憶があった。
新入生歓迎遠足で、自分が起こしてしまったこと。ロボットの攻撃から晶を守ろうとして、何もできなかったこと。
佐々倉晴の腕や足に力が注ぎ込まれる。
繰り返したくない、今度こそ何かやらなくてはという思いで気持ちが高ぶっているのだ。滅多打ちにされて、かろうじて立ち上がれただけのボクサーみたいだった。体は限界でも、戦う意志だけで立ちあがった。
曲がって折れた鉄柵の一本を手に取る。
折れた先端が鋭くとがっていた。自分のもののはずなのに感覚のはっきりしない手足を無理矢理動かした。
故障している輸送用ロボットが振り回す二本のパワーアームをかいくぐり、人工知能がある頭の部分に鉄の棒を突き刺した。
それが断末魔だったのだろうか。ロボットは一瞬痙攣したかのように関節を動かすと、完全に機能が停止してしまった。
晴はそれを確認すると力尽きて、坂になっている地面に座り込んだ。
晶が帰ってきたのは、それからしばらくしてからだった。
「ごめん、壊すしかなかった。おねえさんに謝る時は僕も一緒に行くよ」
晴はぐったりと座ったまま一言口にすると、意識を失ってしまった
「鋼!いいから早く来て!大変なの!」
晶は混乱した頭でなんとか武東鋼に連絡できた。
それからすぐにやってきた鋼が学校に連絡して、そこから救急車と警察車両がやってきた。待っている間、鋼は傷の応急処置してから気持ちの整理のつかない感情があふれそうになっていた晶をなだめた。
人工知能が破壊されていたため、故障の詳しい原因は特定できなかった。
佐々倉晴は、打ち身に擦過傷、複数の骨の骨折で一週間も入院することになった。この国の医療技術でそんな長期間入院しなければならない怪我はかなりの重症である。
それでも、劇の練習の合間に晶が見舞いに来てくれて、晴は喜んでいた。
ついでに、またやってきたかわいい笑顔の入院患者は、若い女性の看護師さんたちの間でこっそり人気になっていた。
晴が友人たちに心配をかけたくないと気を遣ったため、融たちがそのことを知るのは新学期になってからのことだった。




