056 リタイア
佐々倉晴が所属していた班も四日目にはリタイアしていた。
その班の中で晴だけは日頃から鍛えていたから、体力的にはまだ余裕があったけれど、水と食料が無くなってしまい仕方が無かった。
彼の班のメンバーたちは、慣れない山歩きの疲労と、空腹、それに睡眠不足でへとへとになっている。
しかし、リタイアした生徒に休みは無い。
今も初日歩いたスタート地点からキャンプ場までの道を走って往復させられていた。リタイヤしたその日から遠足最終日である今日まで、ただひたすらに毎日トレーニングをやらされた。
嫌がらせのようなトレーニングには、中等科の厳しさを味あわせる目的もあるのだろう。
月城晶が所属する班もリタイア後、トレーニングをさせられている。
こちらは超能力のトレーニングだ。
キャンプ場にある人の頭くらいある大きさの石を、念動力でただひたすら浮かせておくだけの訓練だった。同じくらいの大きさの石が数十個も転がっているのも、毎年こうして新入生にやらせているからなのだろう。伝統というやつだ。
「あなたのせいでこんなことになったのですよ。わかっているのですか」
月城晶の左隣には、檻宮三日月が立っていた。
檻宮三日月は、月城晶の『お友達』の一人だ。
黒く長い髪を大きな青いリボンで結びポニーテイルにしている。
見た目も中身もお嬢様で、家も名家である。初等科で初めて会った時から月城晶に心酔している。愛し、神聖視していると言ってもいいかもしれないほどだ。
そんな檻宮から責められているのは、月城晶ではない。
晶の右隣りにいる武東鋼に対して文句を言っているのだ。
「せっかく、新入生歓迎遠足を攻略しようとしていましたのに、あなたが空腹で動けなくなったせいでリタイアとは情けない。これだから燃費の悪い筋肉だけの能力者は……」
檻宮三日月も月城晶も余裕があったけれど、武東鋼は超能力で物を持ち上げ続けるのはあまり得意ではない。少し疲れた顔をして、説教を聞き流していた。
晶が視線だけで、鋼に謝った。超能力ではなく、二人の友情がなせるわざである。
晶には秘密があった。それは、虫や動物が苦手だということだ。帝国の都市にはどちらもほとんどいない。害虫を一匹残らず駆逐するそんなロボットたちが日々活躍しているおかげだ。でも、まったく出会わないというのなら苦手を克服する機会もないということだ。
そんな晶が、樹海の中で一週間も生活できるわけがない。
ムリ。
それでも檻宮のような、自分に対しての期待を裏切ることもできない。
だから、親友の武東鋼がわざとリタイアしやすい状況を作ってくれたのだ。
檻宮に鋼が責められれば責められるだけ、晶は申し訳ない気持ちになった。
(私のせいで、ゴメン!)
(気にしなくていいから~)
二人の無言のやり取りは続く。
マラソンしていた佐々倉晴は、班のメンバーと離れて一人走っていた。
今日のノルマ分走り終われば、残りは自由にしていいと教師から言われたからだ。
ニンジンを目の前に吊るされた馬のように、全速力で駆けている。
自由時間になったら、晶の様子を見に行こうと考えていた。
晶と同じクラスで、軽いあいさつはするけれど、まだまともに会話したことは無かった。
ノルマ分走り終えて、教師に申告し終えると、近くで訓練している晶たちの方を見る。
晴は晶と話したい、もっと親密な関係になりたいと思っているけど、なかなかその機会に恵まれない。
クラスの人気者で、いつも誰かに囲まれている月城晶と二人だけで話すチャンスはほとんど無い。
晶の周りに誰もいなくて、晴が気合を入れて話しかけようとしていると、晶は鋼の方へ向かってしまう。
クラスの誰もが思っていることだけれど、武東鋼は月城晶となぜか一番親しい友人らしい。月城晶のお友達の一人が理由を尋ねていたけれど、月城晶には笑顔で誤魔化されていた。
訓練中の今も、武東鋼や檻宮三日月が晶のすぐ側にいる。
特に、三日月がいる時に晶に話しかけようとすると、彼女が晶の前に立ちはだかる。まるで番犬だ。
佐々倉晴が、何とか話しかけられないものかと考えて、空を見上げた時にそれを見つけた。
「あれ?あの鳥、何か変だぞ?」
晴自身にも何が変なのか説明できない。木の枝に止まっている鳥がじっと晶たちの方を見つめたまま動かない。
晴は、違和感の正体を突きとめようとカラスの方へ近づく。
「やっぱり、そうだ。あれは生き物じゃない!」
晴の超能力で強化された身体能力、視力や聴力がそう判断した。
足元に転がる石ころを拾い上げ、鳥へ向けて投げつけた。
鳥の死角から投げた石は、金属に当たったような音を立てて鳥に直撃した。
鳥型ロボットは、小刻みに震えていた。故障してしまったらしい。
乱れた機械音がしたかと思えば、鳥の首がありえない方向へねじ曲がった。
そして、翼を広げて、晶たちがいる方へ向かって飛んだ。
「あぶない、月城さん避けて!」
晴が叫んで警告すると、晶だけでなくキャンプ場で訓練させられていた生徒たちも鳥型ロボットの方を見た。
「晶様!さがってください」
檻宮三日月が晶をかばうように立ちふさがり、それまで超能力で浮かべていた石を鳥型ロボット目がけて撃ち放った。
羽に石が当たった鳥型ロボットは、地面に落ちた。
「何なんですのコレは?そこの叫んでいたあなた、説明なさい」
いきなり指さされても、晴にはこれの正体はわからない。答えられずにいると、普段は人前であまりしゃべらない武東鋼が髪を結んでから、腕輪型の情報端末を操作しながらロボットの残骸に近寄った。
「これは自由連合圏内で製造されている無人偵察機の一種だよ。こんなものを学校側が使うはず無い。
もう壊れて動かないと思うけど、危険だから近づかない様に。
私は先生たちに知らせて来るから」
鋼は、情報端末でロボットを撮影して、離れた場所で休憩している教師たちを呼びに行ってしまった。
いくら超能力者としての訓練を受けていても、みんなこんな状況でどうしていいのかわからない。
敵の偵察用ロボットを見てみたい野次馬根性で、生徒たちは少し離れた位置でその周りをぐるりと囲むように立っていた。
晴は、人混みの中偶然手に入れた月城晶の隣という立ち位置を喜んでいた。
肩がぶつかりそうな距離だけれど、晶は三日月に話しかけられて晴の方を見ていない。
何か話しかけるきっかけが無いものかと、ロボットの残骸を注意深く観察する。
羽は壊れてもう飛べそうにない。目の部分はカメラになっている。これで晶たちの映像を撮っていたのだろうか。
「あのくちばしは、落ちた時は閉じていたはずだ。いつ動いた?」
嘴の動きに気が付いたのは、どうやら晴だけみたいだった。
これを話すきっかけにしようかと晴が考えていと、ロボットの口の中から何かが飛び出した。
何も考えずに、晴の体が自然に動いた。
三日月と話していた、晶を抱きしめるようにして地面に押し倒した。
「うわっ!ちょっとなにするのよ」
晶はいきなりのことで、自分に何が起きたのかわからないまま、晴の下でもがいていた。
晶の手が晴の背中を触れると、生温かいヌルッとした感触がした。
「えっ……」
晶が自分の手を見ると、赤く色が付いていた。手から滴り、そでに黒っぽい染みを作る。
誰かが悲鳴を上げた。




