057 連絡連絡
重傷を負った人間を初めて見た。
流れている血に初めて触れた。
押し倒されたままの体勢で、彼の体の重さで少し苦しい。
月城晶は、状況を一つづく認識していく。
怪我をしたのは同じクラスの佐々倉晴。ほとんど話した事が無い。
ケガの度合いは不明、出血あり。
背中が血で濡れている。手に触れた血液は暖かく、少し粘り気がある。
自分は彼に助けられた。
攻撃して来たのは鳥型ロボット。
自由連合圏内で製造されている無人偵察機だと鋼が言っていた。
檻宮に壊されて、羽も折れている。偽装の羽毛も一部はがれて機械がむき出しになっている。
見ていなかった晶には、ロボットがどんな攻撃をしたのかわからない。
まわりには生徒たちがいる。
晶には彼らの動きが止まっているかのようにゆっくりと感じる。
晶は自分の思考が加速していることを認識した。自分では冷静であるつもりだったけれど、感情が昂っているのだ。
こんな時なのに、かえって冷静になっていく。
鳥型ロボットの首が動いた。
さらに被害者が出るかもしれない、止めなくてはと晶は思った。
晶は血に濡れた手をロボットの方へと向けた。
ロボットが何かする前に、彼女の炎の超能力が発動する。
表面の人工繊維の羽毛が焼けて、辺りに嫌な臭いが漂う。晶がさらに力を送り込みロボットは金属の骨組みまで炎に解かされた。
鳥の形をしていたロボットは、元の形がわからなくなるまで燃やされた。
晶の耳元で、佐々倉晴の呼吸が聞こえる。
生徒たちが、教師が来たと言っているのが聞こえた。呼びに行った武東鋼が戻ってきたらしい。
晶を見下ろすように立っている檻宮三日月の顔は真っ青だ。
私は大丈夫だから、早く彼の手当をしてあげてと言っているつもりなのに、上手く伝えられない。
鋼の声が遠くに聞こえる。
血を見たせいだろうか、それとも安心して気が抜けたからだろうか。
目の前が暗くなって、晶は意識を失った。
美涼班が帰ってきたのはそれから一時間後のことになる。
武東鋼が慣れた様子で応急手当てをする。
檻宮三日月の一番得意とする能力は、体力の回復や傷を癒す能力だ。
突然のことに動揺して、何もできずに立ちつくしたことを恥じている。応急手当てをする鋼をサポートするように治癒の能力を傷口へ流し込む。
あくまで応急処置、その場しのぎの行為に過ぎない。
教師がすでに連絡しており、緊急ヘリはすぐに到着するらしい。
檻宮三日月の心の中には、気を失ってしまった晶への心配と、 黙々と対応する鋼への嫉妬と、何もできなかった自分へのいら立ちが浮かんでいる。
なんとか出血が止まった。檻宮は、晶を守ってくれたこの男子生徒へ後で感謝を述べなければいけないなと、考えられるぐらいに落ち着きを取り戻しつつあった。
月城晶と佐々倉晴、教師一人と鋼と檻宮が付き添いでヘリに乗り込んだ。
残された教師は訓練中止を指示して、生徒たちを集める。
美涼たちがゴールしたのはそんな時だった。
歓迎遠足を攻略した班という扱いではなく、遅れて集合した生徒たちとして扱われた。
融がこの事件を知ったのは、寮へと戻ってきた後だった。
「遅くなったけど、お見舞い」
融と鏡子が、病院へお見舞いに行ったころには佐々倉晴は退院の準備をしていた。
「ありがとう。自分ではかなりひどい怪我で、もうダメだ。僕もう死んじゃう、死んじゃうもうホントに無理だって思ったけど、今の医療技術ってすごいんだよ。
二日しか経ってないのに背中の傷跡は全く残ってないよ」
「うわああ!」
佐々倉晴が着ていた服を脱いで上半身を露出させて背中を見せると、一人の女の子が悲鳴を上げた。
ランニング仲間の鏡子と融に頼んで、ついて来た杏菜だった。
鏡子や融からすると、トレーニングの後によく見る光景で慣れているけれど、杏菜はそうではない。片思いの男子生徒の裸をいきなり見せられて驚いていた。
「おお、そうだった。紹介を頼まれていたんだった。
こっちが佐々倉晴。身を挺して守って、ヒーローになった男子生徒だ。
こっちは三崎杏菜。僕たちの友達で、一緒にお見舞いに来たんだよ」
「はじめまして、よろしく」
晴がキラリと微笑むと、杏菜の頬が赤くなった。
「……よろしくおねがいします」
見惚れていた杏菜が思い出すかのように、お見舞いの品を差し出した。
「あの、これ」
お見舞いの品はリンゴだった。
赤くてつやつやしたリンゴが丸ごと一個。
(普通こういう時は、林檎を果物ナイフで切って食べやすいようにするものだろうけれど、杏菜にはそんな技術は無い!
料理の技術なら僕の方が完全に上だ。そもそも、杏菜は包丁すら握ったことが無いんだぞ。
なぜお見舞いの品に花とか、お菓子とかもっと無難な物を選ばなかったのだ?)
差し出されたリンゴを受取って、晴はそでで少し林檎を擦った後、ガブリと齧り付いた。
「うん、おいしいよ。ありがとう」
「べ、別に、そこらへんに売ってある普通の林檎だし……」
「じゃあ、君の気持ちがこもっているからおいしく感じたんだね」
「うん……じゃ、じゃあね!」
杏菜が鏡子の手を引っ張り、走り出して病室から出て行ってしまった。
病院の廊下で、笑顔の杏菜は大喜びだった。
「うわー!実物はもっとカッコイイ。笑顔もかわいかった。私のリンゴおいしいって!」
鏡子の手をとって、ピョンピョン跳ねている。
晴は杏菜の行動を少し不思議そうに眺めた後、二人きりになったので話を切り替えてきた。
「相談に乗って欲しいことがあるんだ。月城晶さんのことで」
(杏菜よ、晴に今一つ気持ちが伝わって無いぞ。
杏菜も晴も僕の友達だから、僕は二人の恋愛どちらにも協力すると決めている。どちらか一方ではなく、どっちも同じように応援する。
だから、晴の恋愛相談にもちゃんと答える)
「融君たちが来る一時間くらい前に、月城さんたちも僕のお見舞いに来てくれた。
その時、改めて自己紹介して、お互いの情報端末のアドレスを交換した。
つまり、今僕の情報端末には月城さんのアドレスがあるんだ」
「おめでとう」
「ここからが本題なのだけれど、僕は一体どうしたらいいと思う?」
「どうって、とりあえず連絡してみたらいいんじゃないかな?」
「迷惑じゃないかな。社交辞令でアドレスを教えてくれただけってことも……」
「ないない」
頭を抱えている晴を見て、融に一石二鳥のアイデアがひらめいた。
「そうだ!お見舞いに来てくれたお礼のメッセージを送るのなら、杏菜に協力してもらうのはどうだろう?
女の子に連絡する練習になるだろう。
杏菜はああ見えて心の広いやつだから、少しくらい変なことをしゃべっても笑って許してくれるさ。
杏菜のアドレスを教えるから、さっきの林檎のお礼を伝えてみるといい」
(晴は片思いしている晶のアドレスを知っているのに、杏菜は知らないのはフェアじゃない気がする。ちょっと手伝ってやるか)
杏菜は晴から連絡をもらい、アドレスも入手できて踊り出すほど喜んでいた。
融が晴の病室から出た後、きゃーきゃー黄色い声を上げながら、鏡子の手をとって病院のロビーで踊っているのを見つけた。
晴の方は、月城晶に一言お礼を言うだけで、相当体力を消費したらしくぐったりとベッドに横になっていた。それでも表情は満足そうだった。杏菜とは自然に話せていたのに、晶に連絡した時はガッチガチに緊張していた。
(二人ともがんばれ。僕たちは友達として応援するぞ)
ちなみに、佐々倉晴の退院の見送りにはなぜか若い看護師のお姉さんたちが集まった。
あの笑顔には、何か若い女性を引き付ける魅力があるらしい。




