047 新米執事 穂積さん
初等部の夏季長期休暇が近づいたある日、穂積宛に転法輪融から荷物が届いた。
執事の穂積が、確か今、融が修学旅行でモラヌランガ自治区に行っているはずだと考えながら、部下たちと一緒に開封する。
段ボール箱の中いっぱいに、ビーフジャーキーが詰められていた。
メイドたちは、美味しそうなお土産ですね、などと言っているけれど、穂積にはそれが彼女たちの本音ではないことを知っている。
ある日、偶然彼女たちが陰口を言っているのを聞いてしまった。
「私たちより年下の癖に偉そうに」
偉そうにしたくてしているわけではない。上司として命令しなければならない立場なのだ。
「首輪よ、首輪。ペット扱いされているってことでしょ」
好きで身に付けているわけではない。執事として命令されてはやらなければならない立場なのだ。
穂積が転法輪家で執事として働き始めたのは、七年ほど前だ。
家は代々転法輪家に執事として仕えており、倫が当主になる前から、穂積の祖父が執事として働いていた。銀髪の紳士で、とても優秀であった。
穂積が学校を卒業するある年、急に祖父が引退を表明。
父や兄たちではなく、なぜか彼女にその跡を継ぐ話が回ってきた。
代々引き継いできた名誉ある仕事であり、やりがいを感じる。なにより給与が桁違いだ。喜んで引き受けた。
なぜ、祖父が急に引退したのか。そして、家族の誰もが断ったのか。
彼女は、もっとよく考えるべきだったのだ。
辞めてすぐに祖父は旅に出てしまった。
仕事の引き継ぎは、祖父が残したマニュアルが頼りだった。
いきなり、この転法輪家の使用人のトップとして指揮する立場になる。一応、家族から指導は受けてはいるけれど、実際に執事として働くのは初めてだった。
学校を卒業したばかりの、若造を受け入れてもらえるか心配していたけれど、祖父の元同僚だった皆さんに快く受け入れてもらえた。
なぜか祖父と同じ時期に辞めた人が多くて、職場の使用人たちは若い人が多いというのも、穂積にとってはやりやすかった。
転法輪家の当主は、転法輪倫という若い女性だ。
直接ではなく、テレビ電話で引き継ぎのあいさつをした。彼女は大変多忙な人で滅多にこの家に帰って来ることが無いらしい。
普段この家に住んでいるのは彼女の夫と、二人の息子だった。
夫は世界的な料理人だそうだ。やさしそうな人物で、あいさつも無事済ませることができた。
二人の兄弟の弟の方は、ヨチヨチ歩きの子供で、両親と会えない寂しさから、使用人たちに、よくいたずらしている。でも、あくまでも主人と使用人の関係だから、だれも本気で叱ったりすることは無い。本人も何となく感じとっているみたいだ。
問題は兄の方だ。
問題、いや原因と言ってもいいかもしれない。
祖父の残したマニュアルには、兄、転法輪融には関わるなという注意書き以外特に何の説明も無い。
同僚や先輩たちに尋ねても、皆語りたがらず口をつぐむばかりだ。
当主の夫、彼の父親に融について話そうとすると、今後一切自分の前でそのことを話題にするなと命令された。その表情は父親が子どもに向けるものではない。怪物か何かに脅えているかのような、恐怖で真っ青になっている。
ダメもとで、弟の衣寅にも話しかけてみたけれど、言葉ではなく兄という存在自体がよくわかっていないようだ。兄弟間の交流が全くないらしい。
ビルの中すべてを探しても、融が住んでいる形跡がない。
残るは、祖父のマニュアルに記入されている、立ち入り禁止エリアのみだ。
先輩たちには思いとどまりように説得されたけれど、穂積はやめなかった。
ここまで恐れられる融という存在は一体何なのか。好奇心、怖いもの見たさというやつだった。
同い年で、気の合う友人にもなったメイドが真顔で言った。
「死ぬよ……!」
後になって思う、ここまで言われてもやめなかったのは、いったいなぜだったのだろうか?あまりの異常さに、本能とでもいうべき何かが麻痺していたのかもしれない。




