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021 夏休みホームステイ


融は仰向けになって、天井を見ていた。

「ふむ、お兄さんからもうお前に教えることは無い」

とりあえず仰向けのまま、それっぽいポーズを決めて、融はそれっぽいセリフを言ってみた。

「ありがとうございます」

融を倒した鏡子がぺこりと頭を下げた。




話は終業式までさかのぼる。

担任の教師が、不純異性交遊や夜間の外出について、例年よりも厳しく長めに注意を呼び掛けていた。

担任の視線がチラチラと融の方を見ている。

(なんだ?お兄さんからもみんなに注意しろということか?)



毎年、雪村鏡子が意地悪な親戚の元へ帰らなければならないことを、何とかできないものかと融は考えていた。

ほぼ両親は家には帰って来ず、部屋は余っている。メイドさんたちもいるから、女の子を一人ぐらい受け入れるのは、転法輪の家なら十分可能だ。


昨年の夏、融が試しに鏡子を家に泊めてもいいか彼女の親戚に連絡を取ってみると、あっさり許可が下りた。親戚にとって、彼女の存在は邪魔でしかないらしい。最寄り駅まで自分一人でやってきた鏡子を自家用車で迎えに行くのだった。

そうした思い付きの行動は結果として失敗だった。

融の弟、衣寅と雪村鏡子の相性が悪かったのである。



父親の強い要望により、衣寅は融とは別の学校への入学を余儀なくされた。父親の母校で、融の学校よりも勉強に力を入れている。

衣寅本人は兄と同じ学校へと通いたがっていた。しかし、これ以上融に影響を受けるのを父親は恐れていたのだった。


(融が僕になって以来、何の問題も起こしていないのに。ホラー要素ゼロだよ。なのに、なぜこんなにも警戒され続けているのだ?)


別の学校で、滅多に会えない兄を独占できるはずの夏季休暇に、兄がほかの奴の相手ばかりするのだ。

始めは我慢していた衣寅も、不満がだんだんと溜まって、休みの半ばあたりで爆発した。お兄さんの目を盗んでは鏡子に嫌がらせをするようになってしまった。ボールをぶつけ、バナナの皮を設置し、金ダライを落とした。

夏季休暇の途中で、鏡子を親戚の家へと仕方なく帰すことになった。

残りの日々をべったり融に張り付く衣寅を、なだめていたら休みは終わってしまった。




去年の失敗を踏まえて、今年はちゃんと計画を練った。

今年の衣寅の夏季休暇は短い。衣寅と融を遠ざけようとする父親のたくらみである。

休みの後半から夏季補習に参加するため、早めに学校の寮に戻ることになっていた。


だから、前半は波川美涼の家で鏡子の面倒を見てもらって、後半からは転法輪の実家で鏡子を預かることになった。

波川家は、真面目で厳しい美涼の両親がいるため、鏡子を長期間預かることに反対されると美涼は想定していた。


「じゃあ、無理なんじゃないの?」

融にそう言われて、美涼はにやりと笑った。

「私の専属の子に協力してもらえば大丈夫よ。部屋は腐るほど余っているのだから。普段使わない部屋に押し込んで、それっぽい格好をさせておけば、絶対にばれない自信があるわ」

結局予定日まで、鏡子が発見されることなく、何の問題なく過ごせた。


(子供が一人紛れ込んでいても発見されない家。……遭難者が出そうだな)



夏季休暇中も訓練は欠かさない。

能力訓練の道具も一式そろえてある。

今年は格闘訓練の道具も用意してもらっていた。

(強い英雄になって、僕を守ってもらうために格闘訓練もジャンジャンやるぞ)


融は自分が鏡子を、教え育てるつもりだった。

「あれ?」

お互いに武器を構えて、試合形式の練習を始めてすぐだった。

融の突きをナイフでいなして、鏡子が間合いを一気に詰めた。足を払われて、地面に転がされ、喉元に刃を突き付けられた。

勝負は一瞬で決まってしまった。

(これは僕が油断していたせいだけじゃないぞ。

普段の授業では指導教官と一対一で練習しているから、鏡子の実力がわからなかったんだ。

もう英雄としての戦闘の才能が開花し始めている。

槍を選択した生徒の中では僕が一番強いって先生は言っていたから、けっして僕が弱すぎるわけじゃないぞ)



それから、二人は何度も戦って、融が十回に一回なんとか勝つかどうか、ってくらいの結果だった。

仰向けになって、天井を見ながら融は考える。


(昔見た歴史ドラマでは、雪村鏡子が英雄として目覚めるのはもっと後のはずだ。

おそらく、ランニングで体力が付いていること。

いじめがなくなり、余計な時間を使わなくてすんでいること。

能力訓練で無理して体調を崩していないことが、強くなった理由だと推測される)


考えをまとめていて、なかなか起き上がってこない融を心配して近づいてきた鏡子に、冗談を言って誤魔化した。



(雪村鏡子は英雄になる。

そうとわかっているけど、それでも負けるのは悔しいな)


融は、鏡子にアドバイスしてもらいながら、練習を続けるのだった。


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