綺麗なものは……好きですか?
「くあぁ……、ねむ……」
結局、秀作さんは朝になっても戻ってこなかった。
まだ眠気の残る目をこすりつつ(初めての一人の夜は少し寂しく、気を紛らわせるために深夜番組を見てたら寝不足になった)ゆっくりと朝ごはんを食べて学園の理事長室に来てみたけど……、やっぱり秀作さん、こっちにも来てないみたいだ。
ほんとどうしたんだろう?
誰かに聞けば理由ぐらいは判るんだろうけど、私が言葉を話せるのは内緒って秀作さんと約束してるからなぁ……。
うーん……、でも突然事だったし気になるなんだよなぁ……。うーん……。
どうしても頭のもやもやは晴れなくて、けれどこの状況を打開する方法はたった1つしか思いつかない。
ふぅ……、気は進まないけど、やっぱりこれしか無いかな?
すぅー……、はぁぁー……。
そう結論づけると軽く深呼吸をして覚悟を完了させる。
意を決すると窓枠に飛び上がり、中に誰も居ない理事長室の窓ガラス目掛けて前足でカリカリとひっかく。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……ひっ!?
そして窓ガラスを前足で掻いていると背筋にゾワゾワとしたものが走り、全身の毛が逆立とうとするので気合で抑え込む。
すると予想通り、廊下の角から超特急で近づいてくる一人の物体があった。
「たっ、るっ、とっ、ちゃーーーーん!!」
ドップラー効果を残しながら、人間、そこまで早く走ることができるものなんだ……、と感心してしまう速度で私の背後まで近づいてきたその人物は、両手を横に広げ、勢い良く私を抱きしめようとして、あとわずか1cmと言ったところで急激に動きを止めた。
「っは!? いけないいけない、学長とのお約束が……」
その人物の目は真っ赤に血走り、鼻は大きく広がり鼻息が荒く、美人な才女のはずなのに、残念な視線しか向けることができない。
「……ですが学長は突発の会議で午後までは留守と報告があって……。
いえっ、口約束といえど約束は約束。それを破るなど教育者としてあるまじき行いは慎むべきで、でもでもタルトちゃんの学長恋しさのカリカリはもぅほんとうに可愛いもので、これは抱きしめて頬ずりチューを10回はして、何してんのよっとばかりに頬を引っかかれたらそれを勲章に10杯はおかわりが行けるはずっ!!
いえですがそれでは私を信用し、口約束で済ませてくれた学長の顔に泥を塗る行為に他ならないわけで……。
っでもタルトちゃんは可愛くて、可愛いのは正義で、正義とは聖職者の為にある言葉で……、でもっ、でもっ……。うぅぅぅっ」
若干香ばしい言動を呟きつつも、欲しかった情報をピンポイントで与えてくれたことには感謝して、葛藤し苦悩している彼女の手の間をするっと抜けて地面に降り立つ。
義理堅い性格を考慮して万が一はないだろうとあたりをつけてみたけど……、うぅん、結構際どかったかもしれない。
多分毛先が触れていたら完全アウトだったかも?
と思いつつ、これ以上視界にいれば天秤がどっちに傾くかわからない。これ以上長居するのは危ないだろうと思い、物陰にそっと隠れた。
「そう、やっぱりタルトちゃんは正義っ!! って、あれ?」
隠れたのと彼女の結論が出たのはほとんど同時ぐらいかな。私が居ない事に気づいて首をひねっている。
「あら? また幻覚を見てしまったのかしら?
仕方ないわね、今日は帰りにペットショップによって猫ちゃん成分を補給することにしましょうっ!
っといけない。授業にいかなくちゃ……」
そう呟きながら、そそくさと廊下の奥に早歩きで去って行く彼女。
って、ちょっとまって!? またって何? またって。
私っ、罠にはめて逃げ出したのっ、今回が初めてなんですけどっ!
思わずツッコミに飛び出したい衝動をなんとか抑え、「あそこは出禁になってしまったし、今日は3駅隣に出来たあそこにしましょうかしら」と呟きながら去っていく後ろ姿に戦慄を覚えて、ガタガタと震えながらそれを見送る。
見も知りもしないペットショップの猫ちゃん達ごめんなさいっ。あなた達の冥福、心よりお祈りしておきますっ。(※縁起でもないので良い子の皆さんは真似しないでね。
無心にお祈りを捧げながら限りなく息を潜め、彼女の足音が聞こえなくなったところでほっとため息をつく。
取り敢えず、秀作さんの予定について大体の所は分かった。
会議が何かは知らないけど、午後まで戻ってこないのは確実だろうし、朝ご飯をいっぱい用意してもらったからお腹具合も大丈夫。
となると後は私の予定だけだけど……、うん、どうしよっかな?
特に何ができる訳じゃないけど、いつものように仕事をする秀作さんの隣で、秘書の真似事をしていた時間がまるまると開いてしまった。
お昼はいつも通り、麗華さん達のところに行くのは決定だけど、それまでの時間、特にやりたい事がある訳じゃないし他の生徒も授業中なので邪魔するわけにも行かない。
となると出来ることは限られるわけで……。ん~……。
「くわぁ……、あふっ」
おっといけない。あくびが……。ってよく考えたら私猫だし、眠いんだったら素直に寝ちゃって良いんだよね?
ほら、猫ってば、寝る子で猫、ってのが語源と言われてるぐらいだし、私が知ってる猫も結構寝てばっかりいたと思う。
私も家にいるときはしょっちゅう秀作さんのお膝の上でまどろんでるし、眠いんだったら素直に寝ちゃった方がいいんだよね。ほら、それに私ってばまだ子猫で、という事は寝るのは大切なお仕事だよねっ!(※必死に自己正当化中。
そう結論づける事にすると、ゲーム知識を総動員してお昼寝に最適な場所の検索を始める。
屋上……は昼以外立入禁止だし、サロン……は問題外だろう、多分追い出される。空き教室……は寂しすぎるから結局は中庭が1番かな?
そして中庭と思いついたところで、ふと昨日の会話が脳裏によぎる。
「また明日、バラ園のテラスで」
そう言えば麗華さん、昨日はバラ園のテラスって言ってたよね。
確かゲームの上でバラ園は立入禁止になっていて、ゲームの中でもワンシーンがあっただけ。昨日秀作さんにその件を聞こうと思ったけど、突然の外出で聞くこともできなかったし……。
ま、百聞は一見にしかずって言うし、幸いにも今日は制限時間もない。と言う事でお昼寝は中庭に決定するとして、そのついでにバラ園も覗いてみることにしましょう。
――――――――
という訳で、やって来ました目的地っ!!
見た目は鉄骨製の大型ビニールハウスで……、ううん、ビニールハウスは田舎臭いから、オシャレに温室って言い直しておこう。
ゲームでは中の風景しか使われなかったから良くは分からなかったんだけど、結構大きくて、流石に高さは一階分だけど広さは私が行ってた高校の体育館ぐらいの広さはあるんじゃないかな? 近づくにつれてその大きさに圧倒されそうです。
……っと入り口はあれかな?
ちょうど正面あたりに出窓タイプの玄関があって、見た感じ土足のまま中に入れるみたい。
特に立入禁止の札は見ないけど、入り口はぴっちりと閉まってるからこれは中を確認出来なさそうかな?
でも壁は透明なガラス? プラスチックかな? だから外からでも中に生い茂っているバラを見ることは出来る。……って。
ふわぁ……、ほんとうに綺麗。
お花って、ただ見てるだけで心がぽわぽわとしてくるよね。
なんて外から花を眺めていると、壁の向こう(温室の中から)からブレザー姿の人影が近づいてくるのが分かった。
あれ? て今は授業中じゃ?
そんな事を考えている間にもブレザー姿の彼(ズボンを履いてるから多分彼だろう)が目の前でしゃがみこむと目と目が合う。
「入りてぇのか?」
後ろへ流した真っ黒い髪に、若干とろんとしてて眠そうな雰囲気を持った瞳、ネクタイはだらしなく緩められててシャツのボタンは上2つが外されてる。
私の高校はこんな人が多かったけど、ここじゃ珍しい人だなぁ。
なんて思いつつも、どこかで見た記憶があるんだけど思い出せない風体のその人物は、じっと黙っている私を見ると、すっくと立ち上がって入口を面倒そうに開け放った。
「おら、はいりてぇなら来な」
入口の扉を寄りかかるように開き、そのままの体勢で自分に向かって手招きをしていた。
入っていいのかな?
なんでこの男子生徒は授業中にここに居るんだろう? なんで授業をサボってるのにこんな偉そうなんだろう? と疑問が頭をよぎるけど、ここには珍しいってだけで、こういう人ってどこにでもいるよね。と納得すると妙に符号が行った。
それになんとなくだけどこの人、猫好きそうなオーラを放ってるし、猫好きに悪い人なんていないからきっと大丈夫だろう。
ついてっても問題ないでしょ。と考えながら温室の中に足を踏み入れると、外から見るよりも何倍も何倍も綺麗な景色が、私の視界いっぱいに飛び込んできた。
ふわぁ……
思わず声が出そうになるのをなんとか寸前で押し留める。
私が呆然となっているのを見ると、男子生徒は満足そうにうなずく。
「ん、猫の癖にここの良さがわかるか、良い感性を持ってるな。これからは自由に入る許可をくれてやる。後で猫用の入り口も作ってやるからな。
ただ、イタズラしたら出入り禁止にしてやるからな」
にこっというより、にやっという感じで笑った男子生徒は、私の隣でしゃがみこむと頭を撫でながらそんな事を言ってくる。
立入禁止じゃないんだ? と言う疑問や、勝手にそんなことして良いのかな? という疑問が湧いてはくるけど、ただの猫はそんなこと気にしないよね。
このバラ園に自由に入れるのは嬉しいな。と思い直して小さく「にゃ」と鳴くと、男子生徒も満足そうに頷く。
でも、この人の眠そうな瞳って、見てるだけで吸い込まれるように眠たくなってくるんだよねぇ……。
「くあぁ……」
っといけない。思わずおっきく口を開けてアクビをしてしまっ……ふがっ!?
「おー、困ってる困ってる」
って、ちょっ、なにっ!? 何事っ!?
口の中へ突如現れた異物感に視線を戻すと、男子生徒がそれはもういい笑顔で、私の口の中に指を突き入れていた。
人前であくびする私も私なんだけど、唐突に口の中に指を付き入れるなんて信じられないっ!!
慌てて首を振ってみるけど、男子生徒は笑ったまま指を離そうとしてくれない。
困ったなぁ……、いっそ噛んじゃおっかな……、噛んじゃう? 噛んじゃおっか。なんて思い至って行動に移そうとしたところで口から指が引き抜かれる。
……っくぅー!!
「くっくっくっ……」
悔しくて恨みがましい目で見つめる私に対し、何が楽しいのか男子生徒は片手で顔を抑えながら、くぐもった声で笑っている。
怒る? これは怒っていいよね?
流石にこれは頭にきたので、いっそ爪で引っ掻いてやろうかと右手に力を込めると、男子生徒はひょいと手をひいたかと思うと私を持ち上げて横抱きに抱え頭をなでる。
「わりぃな。だが、無防備に大口開けるお前も悪りぃんだぜ?
っま、詫びに良い昼寝のスポット連れてってやるからよ、それで勘弁しろや」
口調とは裏腹の優しい手つきに肩透かしを受けた感じがして、思わず「はぁ」と溜息をつくけど、男子生徒はそんな私に気づかず上機嫌に温室の奥に向かって歩いて行く。
「よし、ここだ」
そして端の方まで来るとそう言って立ち止まり、私も何だろう? と顔を上げてその場所を見てみると、……さっきまでの陰鬱とした気分が一気に晴れた。
きれい……。
そこは直径3mぐらいの芝生で出来た円形の空間があって、その周りをドームのように色とりどりのバラが囲んでいた。
それはまるで、物語から取り出した自然のベットのような気がして自然と胸が高鳴ってしまう。
「特別にここで昼寝する許可をくれてやる。
ここは入ることのできる人間が限られてるからな、安心して熟睡するといいさ」
そう言うと男子生徒は私を芝生におろし、片手をひらひらとさせながら入口の方へ戻っていった。
あの人の口振りからすると、ここは基本的に立入禁止だけど、例外には開放されている。って、言うことになるのかなぁ?
それにあの人、ほんと見た事ある気がするんだけど……。
というか、帰るところだったのにわざわざ連れて来てくれたのかな? 意地悪だけど結構優しいのかも?
なんて考えつつも、温室特有の暖かさに昨日の寝不足がたたってか自然とまぶたが降りてくる。
ま、いいや。
これからここにはいっぱい来ることになるんだし、彼の名前もすぐに聞くことになるだろう。
そんな予感を感じながら、心地よい暖かさと芝生の柔らかな肌触りに意識を持って行かれる。
うん、とりあえず、おやすみなさぁい。




